第9話 僕と明石先輩と下校デート?
類友とは、
「類は友を呼ぶ」ということわざの俗語だ。俗に言う、るいとも。しかし、元来ことわざ自体が、教訓や風刺など深い意味を持つ内容を短い句にしたものだ。それをさらに「類友」などという短い言葉にするとは、なんてせっかちな事だろう。まるでより早くより正確にという、高度情報化社会。なるほど、それはITの世界だけでなく、アナログなツールにおいてもすでに行われていたということか。言語、そのうち類友という熟語が辞書に載るのだろうか。
そんなことはさておき、
僕はまた、もはやいつものようにと言えるほど習慣となってしまった女装をして、明石先輩の絵のモデルになっていた。
「よし、うん、今日はこれでいいわぁ。にひひっ。ねえ、弟クン、今日はぁ、この格好のまま、帰ろっか?」
「ええ!」
「そんでぇ、ミスドかスタバにでも寄ってかない? ねえ?」
またそんな無茶ぶりをっ。
「い、行かないですよ」
「えぇー、なんでぇ、いいじゃない。カフェラテおごったけるからぁ。だめぇ? ねえねえ、弟クンだってぇ、ホントはその姿で街中歩いてみたいでしょぉ?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか。恥ずかしい」
と否定する僕に、眉をひそめて言う。
「恥ずかしいのがいいんじゃない、ねぇ、そうなんでしょ?」
むうっ──、確かにリビドーの深淵をボーリングでもすると、そんなのが噴き出すのかもしれない、がっ、
「よくないです!」
「嘘ねっ! 弟クン、背徳的なの、絶対興奮するんだから、もう弟クンのいけない性癖はすべてお見通しなのよん」
うぐっ、
「てゆーか、テニスウェアで街中歩くこと自体が変でしょうが!」
「そうかなぁ、可愛いけどなぁ」
だめだ、この人には常識が通用しない。
「じゃあさ、制服でいいからさ、女生徒用のね、それだったらいいでしょ? だって初めて女装した時はそれで一緒に帰ったでしょ。それにあの時、行きは一人で来たんでしょ? おまけに股間も膨らませて」
股間は余計ですよっ!
「そ、それは、そうですけど──」
「じゃあ、いいじゃない」
「ていうか、店に入るなんて、絶対無理ですよ」
「大丈夫よ、絶対に男子って分からないからぁ。弟クン、ほんとに
可愛いって──、まあ、ねえさんとそっくりなのは、自分でも鏡を見て分かっているけど──、
「いいじゃない、ぜったい楽しいからぁ! じゃあゲームセンターでもいいわよぉ」
ゲーセン!
「そんな男がいっぱいそうなところ、余計に無理ですよ」
「ああ! やっぱり視線が気になるんだぁ、男子にその太もも見られて、ドキドキするんだぁ、そうでしょ? ねえ、だから恥ずかしくて、ゾクゾクするんでしょ? ねえ?」
この人のスケベ思考、一体どこからそんなに湧いてくるのか、しかも恥ずかしげもなく僕につらつらとよく晒せるものだ。
「やっぱ、プリクラ撮りたいのよねぇ、二人でねぇ、際どいの、にひひっ」
「てかそれ、それこそ
「うーん、それねぇ、もうバレてもいいんじゃない? 大淀の恰好で絵のモデルになってるって、正直に話せば、あら、そうなの? なんてあのコも気にしないと思うわ」
いいや、絶対そんなことないから。これまでの明石先輩の悪行の数々、そっくりなのをいいことに、いやらしいポーズとか恰好させてるかもって、ねえさんならすぐに気が付くはず! 自分の悪名の高さを知らないのか、この人は。
「絶対怒りますよ。特に明石先輩のモデルになるなんてっ」
「そうかなぁ、別にいいじゃない。大淀自身がモデルになってるって訳じゃないのよぉ」
「だから危険なんですよ! あれやこれや、現にあれやこれや卑猥なポージングも──」
「あっ! でもあれよ弟クン。弟クンにもメリットあるんだからぁ。今は着けてる私の下着、そのまま持って帰ってもいいのよ。そんでぇ、後で使ってもいいのよぉ、ほんとは欲しいんでしょぉ?」
なっ、使うって! そ、それは──、というか明石先輩の下着を着けてるなんて、ねえさんに知れたら──、
「そ、そんなの絶対にだめですっ!! それに、島風ですよ!」
「へ? 島風?」
「島風、ここ最近、どこ行っても鉢合わせになるでしょ? 僕と同じ一年生の男子生徒ですよ。ほら、髪が長くて、後ろにくるっと縛ってて、小柄な、女の子みたいな、なんというか、その──」
「あ! あの妖精みたいな男の子? 彼ってば、凄く美形よねぇ。うん、確かによく会うわよね。あのコ、なかなかイケてるわ。あのコにも女子制服着せたら、絶対似合うだろうなぁ。弟クンにも引けを取らないほどに、いや、もしかしてそれ以上かしら」
確かに、島風がこんな格好をしたら、マジでヤバいかもしれない。
「それにあのスタイルよ! あのコなら、もしかしたらレオタードでも競泳水着でもいけそうよねぇ。うん、あーっ! なんか想像してたらぁ、着せたくなっちゃうわあぁ。やだぁ、絶対似合うぅ」
ヤバい、また芸術が爆発しそうだ。というか、水着はいろいろアウトでしょ。
「ねぇ! 弟クン、彼もスカウトしてみよっかぁ?」
はあ?
「そんなの駄目ですよ!」
と言いつつも、島風の女装姿は見てみたい? 気もしないでもないけど──
「そもそも明石先輩! 妄想お愉しみのところ悪いですけど、ここ最近なぜ何度も島風と行く先々で鉢合わせになると思います?」
「へえ、なんでぇ?」
「もしかしたらですよ、彼が、明石先輩に──」
と言いかけて、「僕の脚、好きに触ってもいいですよ」という島風の言葉が僕の脳裏をよぎる。
「──その、なんていうか」
島風の目的。いや、冷静に考えて標的は明石先輩ではないな。というか、あんな繊細なオーラを醸す島風が、この無茶苦茶&傍若無人な明石先輩にそもそも惹かれるはずはないだろう。どう考えても。彼は図書館に通い、ねえさんに憧れを抱いている。ということは、ねえさんとの接点を模索して、僕や明石先輩に接近していると考えるのが妥当ではないか? 彼は僕がねえさんとそっくりだとも言った。普段の僕を見て。或いはまさか、そっくりだから? あの時すでに見破っていたのか? ねえさんの姿に女装した僕を。
「危険なんですよ! 島風はいつも図書館で読書していて、ねえさんの大ファンなんです。そんな彼に僕が、その、この姿で出会ったら、絶対にバレますから!」
「えぇ、そうかなぁ? でも弟クン、この私でさえ一瞬分からなかったのよ。それに、ゴリ先やはっちゃん先生にもバレなかったし、大丈夫じゃない?」
「でも、もし僕と明石先輩がこのまま一緒に下校して、それを目撃されて、更に図書館にねえさんがいることも目撃されたら──」
「こまかいわねぇ、そんなのデジャブよ、デジャブ! 勘違いだって思うわよぉ。私と大淀なんて、いっつも一緒にいるのよ、年がら年中、もう当たり前のように。いつも見かけるし、学園中の生徒にとっていつもの風景なのよ、誰も気にしちゃいないわぁ」
って、ほんと大雑把だなこの人。
「でも──」
「でもでも、って、女々っしいわねぇ、弟クン、ほんとにちんちん付いてるのぉ? おらぁ、ちんちん見せろぉ!」
と明石先輩は突然、乱暴にスカートをまくり上げたのだった。
「あーっ! やめてくださいーっ!」
「オラオラァ、ちんちんっ! ちんちんっ!」
ちんちんちんちん叫ぶなぁーっ!
「セクハラですっ! ちょっ、やめっ、って、そんなに見たいなら、交換条件! 明石先輩も見せてくださいよ!」
「え!? な、なによ弟クン。べつにいいわよ! 見せてあげるわ。ただし、見たら責任とってよねぇ。いいわね!」
ええっ、マジかっ! 微妙に真顔になる所がまた恐ろしい。本気かっ? で、責任ってなに? 責任? 結婚? いやいや恋人になるってことなのか!?
「い、いや、やっぱいいです」
「なによぉ! なにしぼんでんのよぉ! 女の体に興味あるんでしょ? 度胸無いわねぇ、もうっ!」
興味があるに決まっているけど、明石先輩、本気? というか正気なのか? どこまでが挑発なのかが分からない。もし責任の取り方が、彼氏になることだったら、僕の人生初の彼女に、明石先輩が──!?
まさか、真面目に?
「でもさぁ、弟クン、大淀のは見たこと、あるんでしょ? 小学生の頃、一緒にお風呂入ってたんでしょ?」
ひぃっ──、
「ねぇ、大淀の、どんなだった? 覚えてるでしょ? 大好きなお姉さんのぉ、だいじなところ、鮮明に、ほら、思い出してごらんよ、ねえ!」
ななな、なんちゅうーっ!!
「や、やめてください!」
もうダメだこの人、勘弁してください。
そんなわけで僕は、明石先輩に精神的に疲労困憊させられて、なんだかんだ学園女子制服姿で下校することとなってしまったのだった。
「ううう、緊張するーっ(小声)」
「大丈夫よん! 弟クンは大淀と瓜二つよ。誰が見ても美人で可愛いんだからぁ」
そうは言っても、問題は見た目だけじゃない。ねえさんの可憐さは、その仕草と行動、内面からにじみ出るものなのだから。それを僕が出せるとは到底思えない。ふとした内面から男と見破られるかが心配だ。
「にひひっ」
と、明石先輩は余裕そうに大きくにんまりと笑った。ねえさんの親友である明石先輩だが、ねえさんとは全く違う。無邪気で、豪快で、大雑把で、なのに謎の説得力もあり、無茶苦茶だが、不思議とお姉さん力も一応ある。お姉さん力、つまり姉として年下の兄弟を時に叱り、褒め、諭し、未来へ導き、慈愛で包み込む力である。年上の者に与えられた特権と責任である。その理想形はつまり、ねえさんなのだが。
で、女装の僕と明石先輩は、中高生男子がうようよといそうな夕方のゲームセンターに入ったのだった。
途端に男子高校生3、4人のグループにチラチラと見られる。
視線が怖い。このひらひらと軽やかな短いスカートが、やはりどうしようもなくドキドキとさせる。誰かがこちらに振り向くような仕草をするたびに、背筋に氷で出来た矢が突き刺さるような感じで、ヒヤッとする。神経が過労死しそうだ。
常に明石先輩の右斜め後ろ辺りにピタッと張り付くように歩く。
「ちょっと、弟クン、なにびくびくしてるの? くっつきすぎだから。堂々としなさい、あなたは
「そ、そんなのできるわけないでしょ(小声)」
「またぁ、そのうち周りの視線が快感になってくるんだからぁ、絶対そうよ。ふふん」
もしかして、僕は調教されているのだろうか?
「ねえねえ、弟クン、これ取れる? このピンクのやつ」
早速クレーンゲーム機に引っかかる明石先輩。
「え、フィギュア欲しいんですか?」
「そう! このロングのピンク髪の
「えっと、確かスマホかWebのゲームのキャラクターですね」
「へぇ、詳しいのね。これ凄くいい。それにこの制服? ちょっぴりセクシーでデザインもカッコいいし。最高だわぁっ!」
「それは戦闘服ですよ。確かそういうタイプのゲームだったから。しかし明石先輩がフィギュアを欲しがるとは」
「ふふん、なに言ってるのよ弟クン、私はこういう造形物に目が無いのよっ!」
「あ、そうか美術部ですもんね」
さあ取れ! とばかりに身振りで僕をせかす明石先輩。いつでもどこでも全力ではしゃぐ人だな。
で、僕はそのピンク髪のフィギュアをゲットするべく小銭を投入するのだが──。
「あー、オシイィ、なによぉ、あとちょっとなのにぃ。弟クン、もう一回よ!」
「ええっ! またですか? もう5回目ですよ。これは無理ですよ、もうあきらめましょう」
「嫌よ、この娘が欲しいのっ! どうしても。この娘が私に取れと言っているわぁ!」
「また無茶苦茶なことを。でも、今日は一旦やめましょうよ。突っ込みすぎですし、ちょっと角度が悪いのかもしれない。日を改めてまた今度やりましょ。今日はご縁がなかったということで──」
「むむむっ」
って、今度? また女装して明石先輩と遊びに来るのか? とそんな疑問よりも、いつの間にか僕は、自分の女装に違和感を覚えなくなっていた。慣れとはこういうことか。ガラス越しに映る姿に、心地よさも感じていた。ねえさんの姿、自分が憧れる美しい姿になれるということは、それは余りにも素敵で、例えようもなく刺激的な、これぞ快感! ──やはり改めてそう感じてしまった。
というか今の僕ら、二人で下校して、ゲームセンターに寄って、遊んで、さらにこの後スタバでカフェラテなのか? これって、もしかして、いわゆる下校デート? 明石先輩と僕と──、というか女装しているんだけど。
「どしたの? 弟クン?」
「え、あ、ああっ、あの、このピンク髪の後ろに並んでるメガネのキャラも、いい感じですよね?」
「そうねぇ、その
「たしかに!」
「よっし、この娘達はまた今度ってことで、次回にまとめてゲットねっ! じゃ次、お目当てのぉ、プリクラよん!」
そう言って明石先輩は僕の手を強く握り、プリクラコーナーに突き進むのだった。
「ね? 楽しいでしょ? ほらぁ、もっと可愛くポーズとってぇ」
「可愛いポーズって、そんなのすぐにできる訳ないですよぉ」
「ハートよ、ハート。ほら、キューンて。ピースでもいいわよ」
うわぁ──、
「そ、そんなの──」
恥ずかしすぎる。
「ほらぁピースも。目にかぶせて、こう、ほら、ね? 可愛くぅ舌出して、ぺろって、ぺこちゃみたいにぃ、ほらぁ」
と、4、5人は入れそうな巨大なプリクラ機の個室の中で、明石先輩はおしゃまな少女のようにはしゃいだ。或いはモデルを乗せるカメラマンか。
「ねぇ、来てよかったでしょ? 弟クンも自分の女装姿の写真、欲しかったでしょ?」
それは──、確かに、もはや否定できない。
「でも、このプリクラをねえさんに知られたら」
「大丈夫よ、そんなの。あれ、こんなのいつ撮ったのかしら? ってなるだけよ、あのコなら」
「えーっ」
またなんて大雑把な。
「平気平気。それにぃ、このプリクラ機の中なら、ここで自分の制服にも着替えられるでしょ。遊べるし、着替えもできて、一石二鳥よん」
「なるほど。てか、下着もなんですけど──」
「いいじゃない、全裸になりなさい。ちんちん見せろっ」
げっ、
「嫌ですよ!」
「まぁいいわ、今日はその下着のまま帰って。今日のデートのご褒美に持って帰るのを許可するわ。にひひっ」
もうだんだんと、彼女のペースでいいようにされる一方だった。が、こうやって明石先輩と一緒に遊ぶのを、正直僕は楽しんでいる。
よく考えてもみれば、ねえさん以外の女性と、二人きりでこんな風に外であれこれと過ごすのは、初めてかもしれない。楽しいと感じたことも。
それから僕は、自分の制服に着替えたのだった。
「さっきまで女の子二人組だったのに、突然男女のペアになったら、周りも不審がるんじゃないですか? てか、メイクも落としてないし──」
「もう、ほんとに弟クンは心配性ねぇ。平気よ、誰も気にしないわよ。あ、男子もいたのか? って感じで、それでおしまいよ、きっと」
と、テキトーなことを言う明石先輩だが、僕は少し用心しながら、プリクラ機を出た。
が──、
「あ、大淀クン! こ、こんにちわ、です」
げっ! この声は、島風!?
声のする方へ振り返ると、前髪を自然に流した、肩にかかるかかからないかぐらいのボブヘアの、綺麗な女の子? がぽつんと立っていた。
「え、あれ? しまかぜ、クン?」
「こんにちわ、です」
といって、柔らかい笑顔を見せ、さらっと自分の前髪を触った。
「まっ、じ、で、島風? 髪、下ろしてるんだ」
「うん。いつも、下校時は下ろしてます。この方が好きなのです。自分らしいと思うから。どうですか?」
「えっ──」
綺麗だ、と言おうとしたが、明石先輩が飛び出してきた。
「なに? どしたの? 弟クン、え! あっ、あなた! もしかして、島風クン?」
「こんにちわ、です。明石先輩」
「あなた、ほんとよく遭うわねぇ。というか、髪! 下ろした方がいいわねぇ! あなた、とってもいいわぁ、とっても可愛い! イケメンというより、もうめちゃキュートよっ!」
と言って、ぐいぐいと歩み寄りまじまじと見る明石先輩。恥ずかしそうに、そして少し嬉しそうに微笑む島風。
「ねえぇ、もうほんと素敵よ。周りがぱぁっと明るく見えたもの。そうでしょ? 弟クン。そう思わない?」
「え、ええ、確かに」
「これじゃあきっと、みんなひとめ惚れしちゃうわよねぇ。同級生は大変よねぇ」
それは女子が? それとも男子が?
「あ、あの、大淀先輩はいらっしゃらないんですか? さっき僕が外から見かけたとき、明石先輩と大淀先輩の二人だったように見えたんですけど──」
「へえ!? あははははっ! まさか、今は私と弟クンだけよ。そうよね? 弟クン」
マズい。だから言わんこっちゃない。
「あれよねぇ、この姉弟、よく似てるから。見間違えよ。デジャブよ、きっと。私がいつも大淀と一緒にいるもんだからぁ、錯覚してぇ、見間違えたのよ、ね? うん、きっとそう! あははははっ!」
と、お得意の口八丁で誤魔化す明石先輩だが、デジャブなんてテキトーな言い訳がが島風に通用するのだろうか?
「はあー、そうですか、うん。そうかもしれない、です。だって、僕は図書館からそのまま下校したんですけど、僕が出るときには、大淀さんはまだ図書館にいらっしゃったし、ここにいる訳はないですよね。そう、ですね。きっと、そうです」
って、あっさり騙されるんかいっ!
僕と明石先輩をその遠くを見るような三白眼でしばし見つめ、ぽつぽつと自分を納得させるかのようにつぶやく島風だが、本当に納得してるのか? 何を考えているのか寧ろ分からない。
「あの、大淀クンは、美術部に入部したんですか?」
「いや、実は明石先輩のお手伝いをしてるだけで、正式に美術部に入ったわけではなくて、なんというか──」
「それなら、あの、僕と一緒に新しい部活を作ってくれませんか?」
あっ、そういえばそんなこと、組体操の時に言われて、それっきりだった。
「え? それは、どんな? 部活なの」
「あらら、知ってる? 島風クン、部活設立には最低10人は部員が必要よ。2人じゃ、顧問無しの同好会も無理ねぇ。同好会でも最低5人は必要なのよ」
と言われて、無言で「あっ」というような表情で一瞬固まる島風だが、
「うー、でも、作りたくて、僕──」
というか、なんの部活だ?
「弟クン、島風クンが困ってるし、一緒にやってあげたら?」
「え、いいんですか?」
「絵のモデルに差し支えない程度なら、いいわよぉ」
「でもここのところ放課後はほとんど絵のモデルだし──」
「弟クン! (そうじゃなくて、島風クンはあなたに友達になって欲しいのよっ! 察してあげなさい? まったく、鈍感なんだからぁ、姉弟そろってね)」
と小声で耳打ちされた。
なるほど──。
「うん、わかったよ、島風。新しい部活、協力するよ」
「ほ、本当ですか? ありがとです。それじゃ、明日の昼休みに、第二視聴覚室に来て欲しいです。そこで、今後について話し合いたいです」
と、ぱぁっと花が咲くように明るい笑顔を見せる島風。分かりやすい。一見無表情に見えるが、それは大人しいからだけであって、実は感情も表情も豊かなのだ。
「ああ、昼休みね、いいよ」
「ありがとです。それじゃあ、僕はこれで、また明日です。明石先輩もアドバイスありがとうございます、です」
といって頭を下げ、そしてはにかみながら小さく手を振ってゲームセンターから出て行ったのだった。
「ねえ、弟クン、彼ってほんとに、中性的な美しさがあるわぁ。天使か妖精みたいに」
「ええ。確かに」
「あぁー、なんだかますます島風クンにも女装させたくなってきちゃったわぁ。美少年とか美少女とか、そういうの超越した、性別の無い神々しさがあるわぁ」
「はい、確かに」
そう答えると、今度は僕の顔を覗き込むようにして明石先輩は言うのだった。
「うんん、ひょっとしたらぁ、彼、あれかもねぇー、にひひっ」
「ん?」
「ねぇ、どうする? もし告白されたら。あのコ、きっと弟クンのこと好きよ」
「ええっ!!」
「だって、男ですよ! 彼も僕も」
「そんなの関係ないでしょ? それに、女には分かるのよ。好きのベクトルがね。ピンとね」
と言ってにんまりと笑い、そして僕の股間に手を伸ばして──、
「ちょっ、っとぉ! やめてくださいよ!」
「なによぉ」
「まったく、油断も隙も無い!」
「もう、弟クンたら、色々鈍感なくせに、ちんちんにだけは敏感なんだからぁ」
「ちんちんなんて、大声で言わないでくださいっ!」
この恥じらいのかけらもない下品なスケベ心さえなければ、綺麗で素敵な先輩、のはずなのに。島風の爪の垢でも煎じて飲んで、彼の可憐さを少しは分けてもらえればいいのに、と思う。
がしかし、そうはいっても明石先輩も女である。「好きのベクトル」という言葉、僕は引っかかっていた。
そうなのだ、島風の眼差し、言動、そういったものを感じなかった訳ではないのだ。彼は男だから、なんてのは心の誤魔化しに過ぎないのだ。それは、髪を下ろした島風を見たときに、すでにピンと来ていた。その感覚を、僕は心にどうとらえるべきか迷っていたし、そして、次会うときに、その答えが見つかるかもと思っているのだ。その時、もし仮に、それがそうだとしたら、僕はどうするのか。いや、心にどう感じるだろう。そのベクトルは──?
今はただ、暗闇に置かれた方解石のように、光の射す方角は示さないけれど。
ただ、認めたくはないのだが、股下の彼だけが、その指し示すベクトルを知っているとばかりに、むっくりと蠢いた。のは、或いは自分に嘘をついても、秘密にすると思う。勘弁してくれ。
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