第8話 僕と島風クンとY字バランス


 「図書館」とは、


 岩波国語辞典(第七版)によれば、図書・記録などの資料を集め、整理・保管して閲覧させる文化施設とある。なるほど、実に明解な説明だ。だが今の僕、その趣旨からずれている? では、文化施設の「文化」とは、①世の中が開けて生活水準が高まっている状態。文明開化。これも少し当てはまらないか。②人類の理想を実現して行く、精神の活動。なるほど、人類というほど大きな事ではないが「理想を実現して行く精神の活動」には違いない。


 そう、僕は今図書館にいるのだった。ただ辞書を引きに来ただけではない。

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 

 つまりリスクをとらなければ、成功は得られないのだ。

 そして僕は、虎の子を得るために、虎の住むほこら穴に入ったのだった。 


「1年T組の島風。図書委員によれば、ほぼ毎日来ているようだ。下校時間ギリギリまであんな風に黙々と読書をしていると。お姉さん曰く、ここ最近一番のヘビーユーザーだそうだ」

「図書館のヘビーユーザー?」

「いつも決まって、あの中庭に面したガラスの壁際の席で、ちんまりと座っている」

 僕は本がぎっしりと詰められている棚の端からそっと顔を出し、目を凝らした。

「なるほど。で、部活はやってないのか?」

「どの部にも所属していない。一応帰宅部だな。しかし意外なことに、運動神経は抜群らしい。様々な運動部に誘われては断るというのを繰り返している、なんて話もある」

「へー」

「一度体験入部で野球部に所属したが、髪が長いだの先輩に注意されたのが気に食わなかったらしく、一日で辞めたらしい」

「一日で? 坊主頭は嫌だと」

「実際、似合わなさそうだな」

「確かに。尼さんとか言われそう」

 と言うのは悪いか。

「ただ、ああ見えても実は野球経験者なのか、体験入部時のテストプレーで、先輩レギュラー投手相手に、三打席連続ホームランをかましたという」

「すごっ。というかあれで長距離打者なのか? てか詳しいな木曾、お前」

「恐ろしく速いらしい」

「は? 足?」

「バットスイングが」

「バットスイング!? なんだそりゃ? しかし意外だ。というか謎すぎる。あんな華奢な、女の子みたいな体格で? 想像できないな。で、一日で辞めて、今は帰宅部というか、帰らず図書館で独り読書部か」

「変わってるな」

「うむ、確かに」

「そうそう、ごくたまに、週一回ほどかな、茶道部には顔を出しているらしい。部員というわけではないらしいが──」

「茶道部、部員じゃない? なんで? てゆーか、ほんとめちゃ詳しいな木曾」

「すべて裏サイトの検索だ。大淀、お前が知りたいと言ったんだろ。それとも、女装して以来、男の子に興味を持ち始めたとか?」

「なっ、ばかやろう。そんなわけないだろ」

「そうか? 今もストーカーのように棚の陰から奴を観察している、で、相手はまるで妖精のような美形の男子で──」

「おい! 違うから! それは逆だ! 明石先輩が狙われてるんだ、たぶんきっと」

「それは偶然じゃないのか?」

「いいや違うな。ほぼ毎日だぞ! 僕と明石先輩が一緒にいると、必ずと言っていいほど彼と出会う。職員室まで鍵を取りに行けば職員室で。そのほかにも、テニス部、チアリーディング部、バドミントン部、バレー部、新体操部どこに顔だしても、何故か必ずと言っていいほど彼と鉢合わせになるんだ」

「単に部活の見学じゃないのか? というか大淀、お前たちは何故そんな所に顔をだす?」

 あっ──、

「ユニフォームを借りに行くんだよ。明石先輩の趣味というか、作品のためだ。モデル用の」

「ユニフォーム? まさか女子部の? それを、お前──」

「訊くな」

「チア?」

「訊くな!」

「新体操──」

「訊くなっ!」

「フフッ──」

「うるさい」

 木曾の奴は腹を抱えてうずくまり、無言で笑っていた。というか堪えていた。


「と! とにかく、彼は何か怪しいんだ。行く先々で出会うだけでなく、気さくに声をかけてくるし。べつに声をかけてくること自体は悪いことではないだろうけど、ただ、初めて会った時のように、もし僕がねえさんに扮している時にとか、もしかしてどこからか見られているのではと、心配なんだよ」

「大淀、お前まさか、女装して学園内を徘徊してるのか?」

「してないわーっ! とにかく彼の怪しい行動とその意図を突き止めねば──」


 とその時、後ろから、

「あれ? たっくん? こんなところで何をしているの?」

「あっ、ねえさん!」

 今はそっとしておいてくれーっ。

「あれ、美術部じゃないの? 今日はお休みなの?」

「いや、僕は部に入ったというわけでは、ないというか──、美術部全体でのデッサンの日なので、今日はいいというか──、モデル専業というか」

「え、どういうこと? デッサンなら、たっくんもやるべきでしょ? ダメよ入って早々のさぼりなんて。こんなところで油売って、木曾クンの邪魔ばかりして」

「邪魔はしてないよな? 木曾」

「そんなこと言ってもダメよ。たっくん、木曾クンは優しいから言わないだけで、本当は困っているのよ。ね、木曾クン」

「ちがうよな?」

「いいえ! 私達図書委員は、返却の整理と、ラベルの補修と、新しい棚の割り振り、来週の企画コーナーづくり、やることは山ほどあるのよ。木曾クンはもう私達にとってなくてはならない存在なの」

 なっ、なくてはならない!?

「木曾、お前、いつの間にそんなに取り入ってやがる!?」

「ま、そういうことだ。ここはおとなしく美術部に戻ったらどうだ? 今日は特に動きはなさそうだし」

 このやろう、抜け駆けで図書委員になって、あまつさえなくてはならない存在などと。


「ねえさん、別に木曾の邪魔をしに来たわけではないよ。僕にも調べごとはあるんだ。と言うのも、つまり美術の素人なんだし」

 などとテキトーな事を言う。明石先輩の口八丁がうつったのか。

「そうなの? それならいいんだけど」

「そうそう、じゃあ、ねえさんが美術関連図書の案内をしてくれれば──」

 と言いかけたその時、「大淀さーん!」とアニメ声が遠くから飛んできたのだった。

「あ! 呼ばれているわ。じゃ、たっくん、探し物は自分でやりなさい。美術のことはちゃんと明石に訊くのよ。それに、木曾クンの邪魔しちゃダメだからね」と、ねえさんは書庫の方へいってしまった。


「なんだよ。因みにだけど、あの伊八先生って、どうよ?」

「変わってるな」

「どんな感じで?」

「おい、こっちに来るぞ、奴が」

「あっ」


 いつの間にか、島風が僕らの方に向かって歩いてきていた。


「こんにちはです。たしか、大淀さんの弟さんですね? こんにちはです」

 涼し気で、そして恥ずかしそうな笑顔を見せる島風。

「!」

 窓からさす陽の光のせいか、その肌がさらに白くツヤツヤに見える。長く薄い眉、スッとした鼻筋、形の良い唇、一つ一つが本当に性別を分からなくさせてくる。

「あっ、え、えっと、こんにちは」

 同級生なのに、弟さんですねとか、なんだそれ。

「図書委員さんと、お友達なんですか? お二人は」

「俺たちはN組、同級生で、ガキの頃からの腐れ縁かな」

「幼馴染ですか? じゃあ、あなたも大淀さんと昔から親しい間柄ですか? だから、図書委員になったですか?」

「まあ、そんなところだな」

「あの大淀さんと、子供の頃から親しかったですか。羨ましいです。あんな素敵な先輩と」

 と、ねえさんの方へ目を向ける島風。もしかして俗にいう図書館信者、ねえさんファンなのか? あれ? 明石先輩じゃないのか。


「あ! そうだ、明日の午後の授業、たしかT組とN組とで合同体育でしたです。きっと、運動会の組体操の練習です。ですよね?」

 と何かを思いついたように、唐突に話を切り出してくる島風。

「え、そうだっけ?」

「あの、突然でごめんなさいです、弟さん、僕と、一緒にペア組んでもらえないでしょうか?」

「ええ?」

「組体操は基本二人ペアのバディで進むです。それで、きっと、僕は、二人組になるとき、あぶれると思うです。だから、その、一緒にやってもらえれば、嬉しいかなって、僕。そのお願いなんです」

 と伏し目がちに、本当に申し訳なさそうに言う島風。

 そうなの? 確かに変わってはいるし、孤立しがちなのか?

「ああー、まぁ、いいけど。で、弟さんって呼び方──」

「あ、変ですか? ごめんなさいです。では、大淀弟さん、じゃなくて、えっと、大淀クンで、いいですか?」

「ああ、まあ、いいけど」

「じゃあよろしくです。ああっ! 図書委員さん、もしかして、あのっ、大淀クンと組む予定でしたか?! あの──」

「木曾です。いや何も問題ないよ。別に」

「あ、そうですか。すみませんです。ありがとうです。それじゃあ、よろしくお願いしますです」

 と言って島風ははにかむような笑みを浮かべ、そしてそのままサッと元の席に戻り、再び本を読み始めるのだった。


 すましているとクールな顔立ちだが、笑うととても柔らかい印象に変わる。悪い子ではないように感じる。いや、むしろいい子だ。話し方も丁寧で、馬鹿に礼儀正しいし。少し変わった印象だが。


「フフ、向こうから直接乗り込んできたな」

「むむむ」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だな」

 

 

 そして次の日の合同体育は、やはり組体操の練習だった。


「うっし! T組とS組、ごちゃまぜでもいいから、とにかくテキトーに二人ペアになれぃっ!」

 とゴリ先の声が体育館内に響く。とにかく適当にって、ほんとテキトーだな。

「あの、大淀クン。お願いしますです」

 そして、やはりというか、島風は僕の前に現れた。

「じゃ、俺はほかをあたるから、がんばれよ大淀」 

 と木曾。


「でも、なんで僕なの?」

「そ、それはですね。後で、話しますです」

 と、もじもじする島風。小柄で、背丈は160㎝台そこそこだろうか。一見華奢だが、短パンから延びる足はすらっとして、それでいて程よく締まり、運動神経が良いというのは嘘ではなさそうだ。そして手足が長い。涼しげで整った顔立ち、肌の白さもさることながら、そのしなやかなプロポーションもまた性別を曖昧にする。美少年とはこのことか。とても大人しく、息をひそめるように学園生活を過ごしているとの話だが、木曾からの情報によれば、一部の女生徒達の間で、熱狂的なファンもいるらしい。


「おう! ほいじゃあぁ、まず二人ペアでぇ柔軟体操だぁ。準備運動はしっかりやれぇ! 手を抜くな、事故の元だからな。組体操を甘く見るなよぉ前らぁ」

 と、いつでもやる気満々のゴリ先。仮に人類滅亡の前日でも、しっかり朝食をとりそうだ。

「先生、なんで俺たち男子だけで組体操なんすか? 女子は? やらなくていいんですかぁ?」と生徒から声が上がる。

「あぁん? 女子と男子じゃぁ組体操のメニューが違うんだよ。同時に練習すりゃぁ、ややこしいだろうがぁ」とゴリ先。

「ちぇっ」「なんだよ」「華がねぇよぉ」「男女混合でピラミッド作りてぇー」などと愚痴が飛び交う。


 ゴリ先とT組学級委員が柔軟体操の例をやって見せ、渋々その通りにだらだらと準備運動を始める男子一同。


 まずは背中合わせに腕を組み担ぎ合う。

 僕の腕に島風の細い腕が絡んできた。

「うん?」

「大淀クンて、色が白いですね」

「え? まあ、普段運動してないからね。いわゆる帰宅部だから。というか、島風の方こそ、白いだろ」

「ふふ、そうかもです」


 島風の腕は、想像以上に柔らかく、温かかった。


「体毛も無いですね、まったくと言って良いほど。お肌、すべすべで、気持ちいいです」

「なっ」

 ピッと笛が鳴る。

「ようぅーし! 次はぁ前屈の柔軟だぁ、お前らぁ!」


 開脚して向かい合って座る。両手を繋いで引っ張り合うのだ。


 大きく脚を開く島風。張りのある太ももの、そのツヤツヤな内ももが更に強調され、短パンの裾が妙に、艶めかしい。

「うっ、」

「大淀クンは、体が硬いですか? 痛くないですか? 実は僕、柔らかいんです」

 そう言って島風は、手を強く握り僕を引っ張った。なんだか楽しそうに。

「うっ、運動不足、だからっ」

「ふふ」

 僕は体を伏しながらも、チラリと島風の顔を覗き込んだ。

 遠くを見ているような、或いは宙に漂っているような、ある種の神秘性を帯びた、その瞳の大きな三白眼が、妙に、意味深に、彼の微笑みを、ドキッとっさせるほど際立たせる。

「あっ、うっ、これ効くっ、な」

 股関節が伸ばされ、つっと裂かれるように少し痛い。がしかし、久しぶりの柔軟体操はそれなりに心地のよいものだった。

 島風は、その小さな体のどこにそんな力を秘めてるのかと思わせるほどに、力強く僕を引っ張った。

「うぐっ」

 まるで自分の股間に僕を引き込むかのように。

「うっ、うっ、うううー」

「キツイですか? 大淀クン」

 キツイっていうか、お前のその姿が──、なんだこれは?! 男と分かっているのに。ツヤのある肌、綺麗な脚、きわどいアングルの短パン、ジッとした瞳、ああ、もう! なんか凄く──、ヤバい。


「僕も、引っ張ってくださいです。大淀クン」

「お、おう」


 軽く引っ張るだけで、島風はペタリと床にくっつく。

「うぉっ、柔らかい!」

「大淀クン、僕、昔から、実は子供の頃からよく、女の子に間違えられたです」

 やっぱり、そうなんだ。

「そう。まあ、そんな感じだな」

「そう思いますか?」

「ま、まぁ、今でも、女の子に見えるというか、というか、ほぼ女子というか」

 って、こんなこと、言っていいのか? 正直、学園人気ランカー女子にも引けを取らない、いやむしろ可愛いか? もし女子制服なんか着たら──、後ろでくるっと結んでいる髪を下ろしたら──、


「僕、一人っ子だから、家族でどこへ出かけても、いつも女の子と勘違いされてたです。でもそんなのは、気にしてないんです」

「ほお」

「むしろ、それでいいというか、です」

 それでいい?

「ま、まあカッコ可愛いというか、美少年とかそういうの、女子にモテそうだし、いいんじゃないかな?」

 コンプレックスって訳ではないのか。

「大淀クン、とても綺麗ですよね」 

「は?」

「大淀クンには、素敵なお姉さんがいらっしゃるから、だからそのせいで、女の子に間違えられることが比較的少なかったと、そう思うです」

「え、なんで?」

「姉、弟の兄弟だったから。区別しやすいです。でも実際は、お二人、そっくりですよね?」

「な!?」

「もしも大淀クンが、一人っ子だったら、きっと、女の子に間違えられたに違いないです」

「んなわけ──」

「間違えられても、それでいいじゃないですか? それが自然で」


 と、顔を上げた島風は、少し火照ったように熱っぽく頬を赤くしていた。


「島──」

「僕、男の子とか女の子とか、そういうのはいいんです。ありのままで、それでいいと思っているんです。それも自然だと、です」


 どういうこと?


「大淀クンも、きっと、僕と──」


 とその時、再びピッと笛が鳴った。


「よぉーしっ! 次はぁ、立ってストレッチするぞぉ。うっし! まずは深呼吸してぇ、体の力をくーっと抜いてぇ、全身をだらぁっと、少しリラックスさせろぉ!」

 とゴリ先が吠える。

 

 そしてなんとなく向かい合って立つ僕と島風。

「大淀クン、僕、子供のころからバレエを習ってたんです」

 と言って島風は、すらりと見事なY字バランスを目の前でやって見せたのだった。

「うおっ、すごっ」

 その美しい脚が、僕の前にそびえ立つ。

「僕を支えてもらえますですか? 脚を持ってください」

「え? ああ──」

 島風のふくらはぎの辺りに手を添える。と、指先で触れたそのツルリとしたなめらかな肌の感触が、僕の背中に何かを走らせた。鞭打つように。──この感じ、もう例えようがない。得体のしれない感覚が僕を襲った。これはきっと、ヤバいやつだっ!


「!」

 ゴクリと喉が鳴って、自分が唾を飲み込んだことに気が付いた。


「あの、大淀クン、僕の左腕も支えてくれますですか?」

 天井にまで伸ばすような、ほぼ垂直な右足を両手で支え持つ島風。体操着Tシャツの袖口からチラリと見える腋下。僕らは真正面に向かい合っている。この状況、なんだこれはっ! 島風、お前、一体なに?!

「大淀クン。僕の脚、どうですか?」

「へえ?」

 綺麗だ。

「好きに、触ってもいいですよ──」

 というセリフを放った島風の、その三白眼が、僕の目を射抜くように真正面に据えられていた。 

 

 なななっ!?


「よぉーっし! 二人で横に並んでぇ、サイドに引っ張り合うぞぉ!」

 ゴリ先の準備運動は続く。


 それから、二人ペアでサボテンや倒立、肩車などメニューをこなし、次に4人組、8人組と人数を増やして、組体操の練習は続いていった。僕は、島風の体に触れるたびに、とんでもなく妙な心持があらぬ方向へ芽生え出しているのを感じていた。そしてそれは、島風が僕の体に触れるたびに、手から伝わる力量と熱量、その一触一触に呼応するように、むくむく成長していくのを感じた。

 

 というか、嘘でしょ? いいのかこれ? いいのか僕!?


 これは決して認めたくはないのだが、さも当然かのように、が、僕の股下に鎮座する彼もが、もぞもぞと何かを言いたげにするのだった。って、やめろぉーっ!!

 

 ヤバい。これはきっと凄くヤバいやつだっ!


 何かの暗示か、魔法にでもかけられてしまったか、もう理性が朦朧としそうであった。たかが組体操で。


 8人組になった時、悪友たる木曾が合流し、奴の腐れ縁らしいそのふてぶてしいほくそ笑みが、幸運にも股下のの暴走を止め、僕は冷静さを保つことができたのだった。


 そして組体操の練習は、滞りなく終わった。


 僕も男子としての何かが、危うく終わってしまいそうだったけど。


「今日は、ありがとです。大淀クン」

「お、おう」

「大淀クン、あの、再びお願いがあるです。その、僕と、一緒に部活をやりませんか? 僕、部活を作りたいんです。新しい部活を、二人でです。今度お話聞いてもらってもいいですか? です」

「えっ!? ああ、う、うん、まあ」

 島風の三白眼の目力にあてられて、或いは半ば朦朧としていたのか、かるーく承知してしまっていた。


「おいおい大淀、お前、今度は何を始める気だ? 虎穴に入りすぎじゃないのか?」

 と木曾の奴が言う。

 

 虎穴どころか、一体僕はどこに入ろうとしているのだろうか? もう訳が分からない。ただただ股下の彼がだけが、何かを言わんとして、もぞもぞとするのだった。

 

 島風が怪しいというより、もう僕の心が怪しい。


 勘弁してくれ。

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