第6話 先輩とプレイ&プレイ・ツーと僕、その後

 

 ホメオスタシスとは、生物が外的、或は内的な環境の変化を受けても、生理状態などを常に一定範囲内に調整し、その生体の恒常性を保つ生理機能をいう。例えば、赤道直下から北極圏へ急にふらっと旅行に行ったとして、気温が急激に下がろうとも、常に体温は一定に保たれるということだ。


 しかしながら、これは心理的にも同じような作用があるのだろうか?

 

 今現在の僕は、昨日までの平凡な日常とはかけ離れた、まったく別次元のような状況に晒されている。別次元のともいうべきエロスの状況。一般高校生として平均的男子たる僕にとって、異次元のプレイ。


 にもかかわらず僕は、それを自分でも不思議なほどすんなりとこなしている。普通では無いのに、案外普通に振舞えている自分がいるのだ。まあ、股下のは状況の変化に敏感だけど。いや、彼にとってそれが正常なのか。


 コスプレ、つまりコスチュームプレイ。僕の場合、卑猥な言い方をすれば女装プレイ。相手を伴って、しかもねえさんの親友である明石先輩を伴っての、ねえさんコスチュームプレイ。これでこのプレイは更に完成度を増した。傍から見ればどう見てもねえさんと明石先輩の二人だろう。この時、何故かは分からないが、僕にとってこのことが、妙に嬉しいような、或いは得意げになるような、そんな心持ちになるのだった。


 そして今度は、更に難易度を上げ、この姿で事情を知らない他人と接するのである。第三者に間近で見られるのである。


 この姿を見られること。このことにおいて、ねえさんに扮した姿をか、或いは女性に扮した姿をか、このどちらが僕にとって、或いは股下の彼にとって重要なファクターなのか。それはよく分からない。が、安易に性的興奮とは言いたくないけど、異様な心の高ぶりを感じているのも事実であり、僕は本当に、──本当は倒錯した気質があるのでは? と自分を顧みるに至っていた。

 

 あれ? いやまて、高校生にしてそんな事、認めたくはないけど。


 そんなわけで僕は職員室の前にいた。


「さてさてぇ、職員室につきましたわよぉ」

「はぁ──」

「さあ、弟クン、心の準備はいいかなぁ。ねえ? ドキドキよねぇ、ねえ! 大淀お姉さんの制服着ちゃって、可愛らしく女装しちゃってぇ、これからはっちゃん先生に会うんだよぉ? 大丈夫かなぁ? こんな短いスカートで、ニーソなんかも穿いちゃって、可愛いわねぇ、エロいわねぇ にひひっ」

「ちょっ、煽らないでくださいっ」

「にひひぃ、ねぇ! 弟クン、アレも興奮してきたでしょ?」

「なっ!」

 この人、絶対淫猥な意味で楽しんでいる。そもそも僕のこのねえさんコスプレ、もう体操着ブルマも見つかったし、というか、犯人が明石先輩と分かったし、もうやる意味ないんじゃないか? ゴリ先の言うことなんて忘れたふりして、さっさと帰ってもいいんじゃないのか?

 なんでこんな事にっ!?

「ねぇ、おっきくしてるの?」

 明石先輩はわざと耳元で囁くように言うのだった。

「って、ちょっ、明石さん、あなたって人は、僕を挑発して、なんの企みがあるんですか? ていうか、そもそもそんな人だったんですか?!」

「ちょっとぉ、本気で怒らないでよぉ、弟クン。アレよ、なんだかほんとに大淀とイチャついてるみたいで楽しいのよ! 許して」

「まさかねえさんと普段こんな感じでイチャついてるんですか!?」

「いやぁー、大淀はなんかこう常に生真面目で堅物だからねぇ。まあ、そんな大淀が好きなんだけどぉ。私のをなかなか許してくれなくてねぇ、えへへぇ」

 その明石先輩のスキンシップってのが、もはやスキンシップを超えたセクハラなのではなかろうか?

「ねえさんを明石さんのエロい世界に引きずり込まないでください!」

「なによ、弟クン、エロじゃないわよぉ、愛よ愛! 無二の親友たる私の大淀への純粋なる愛なのよ!」

 いいや、この人絶対不健全な要注意人物だ。

「ま、いいわ。それよりも、今ははっちゃん先生を呼んできちゃうんだから。覚悟しなさいねぇ、女装弟クン」

 僕は些か見誤っていた。このプレイを本当に楽しんでいるのは、この人の方だったのだ。僕を破廉恥な姿で引きずり回すドSの変態がここにいるっ!

 この時点で、明石先輩の本性(スケベ)を確信してしまったのだが、もう遅かった。


「たのもー!」

 僕の不安と後悔をよそに、声を張り上げ職員室のドアを勢いよく開け、なんの躊躇もなく入っていく。この人、どこでもこんな恐れ知らずなのか、自由過ぎる。職員室にこんな挨拶で入っていく生徒なんて、多分この人だけであろう。なぜこんな人がねえさんの親友なのか、よく分からない。


 僕は仕方なく外で待つことにした。伊八先生がすでに帰ってしまっていますようにと、それこそ祈るような心持で。


 職員室にすたすたと入って行った明石先輩は、予想に反してすぐさまもどってきた。

「用務員さんに訊いたら、はっちゃん先生もう帰っちゃったって」

「おおおー、そうなんですね! よかったぁー! マジで助かったー、ふぅー(小声)」

 心の底から助かった。と思いつつも、が、もぞもぞと股下の彼が少し拗ねたようにも感じたのも事実で。

「あーもう、なんかつまんないなぁー」

「なにがですか! いいじゃないですか、もう帰りましょ(小声)」

 と善は急げと、僕は正面玄関に早足で向かった。

「あっ、ちょっと、ニセ大淀! 待ちなさいっ!」


 玄関の下駄箱でローファーに履き替えようとしていると──、


「大淀さーん! 待ってぇ―、大淀さぁーん!!」

 という声と共に、パタパタと足音がこちらに向かって来るのだった。

「武蔵先生から聞いたわぁー、明石さんと二人で居残っていたのねぇー、大淀さぁーん!」

 ほんのり甲高い声、落ち着いた印象だがどこかアニメ声のようなキュートさもあり、年齢不詳であり──、

「マジかー」

 

 間違いない、伊八先生だ!


「おわ! はっちゃん先生が走ってきたわ。弟クン、じゃない、大淀、──やばっ、聞こえないわよね(小声)」

「……」

 マジですか、わざわざ戻ってこなくてもいいのに、なんて無駄に仕事熱心なのだ、伊八先生。


 でも構わず僕はローファーを履いて、聞こえないふりで校舎を出ようとした。

「あっ! 弟、じゃない、大淀クンっ! って、ちがうっ、ちょっ、待ちっ──」

 僕は振り返り、明石先輩を見つめ無言で「聞こえないふりして逃げましょ!」と目で訴えたのだが無駄だった。明石先輩は不敵な笑みで返し、廊下の方を向いて、

「はっちゃん先生ぇー、どうしたんですかぁー?」

 と、走って来る相手に向かって返事をするのだった。

「げっ!」

 ですよね、明石先輩、あなたって人は。ちくしょうこうなりゃ今度僕を挑発してきたら、おっぱいでも揉んで仕返ししてやろう! と思った。が、いやまてまて、それこそ明石先輩の手練手管の思う壺かもしれん。ねえさんの事を心に強く思うんだ僕っ!


「大淀さーん! よかったわ、間に合ったわ」

 

 来てしまった。伊八先生の愛らしいクリクリお目目の視線が恐い。僕をまじまじと見るその目が。下からゆっくりと舐めるような視線。そんなにジットリと見つめられると、なんだか僕は、というかが──、

 

 僕は緊張し、足を閉じ気をつけの姿勢で硬く直立不動となってしまった。それに股間の彼ものってくる。むっくりピキーンと。お前はおとなしくしてろーっ!

 

 ほぼ無意識にか両手を股間の前で組む。もじもじと。こんな事になるなら制服なんぞ着てこなくて、ねえさんの私服のジーパンでもよかったのではないか、一度家に帰って忘れ物を取りにもどった体なのだ、それでもおかしくはなかったのでは? 短めのプリーツスカートがこんなにも心細いとは。女の子は皆こんなに足を出して、そしてこんなにスース―する開放的なボトムスで、ほんとよく堂々としていられるものだ。と考えても、もう遅い。

 

 まじまじと見られるのが、とてつもなく恥ずかしい。

 

 体が遠赤外線ヒーターになったかのようにカチッとスイッチが入り、熱くなるのを感じた。


「大淀さん! 風邪なの!? 日中は元気そうだったのに」

 あっ、そうだ! しまった! 本物のねえさんも登校して、日中は元気に授業も課外活動の図書委員もこなしてきたのだ。当然伊八先生とも接していただろう。が、とにかく僕は首を縦に振った。

「確かにちょっと顔色も悪いわね、でも、あれ、なんか──、大淀さん?」

「あー、あの、はっちゃん先生、急に! そう、急に声が出なくなって、喉の調子がですねぇー、あと咳もくしゃみも鼻水もズルズルでぇ、最悪なのよねぇ、ねぇ、そうよね、大淀ぉ」

 ここでまた明石先輩の手八丁口八丁が始まる。これでまたやり過ごせるか?! が、しかし、なんだか楽しそうな口調なのがちょいと腹立つ。


「あら大変、お熱は無いの? 大淀さん、ほら、ちょっとこっち、こっち」

 と伊八先生は、こっちこっちと両手で手招きをする。

「?」

 ん? 伊八先生は小柄である。背丈も150㎝ほどであろうか、僕が170㎝そこそこなので(実はねえさんよりほんの少しだけ背が高い)下から僕を見上げて、手招きをする。年齢は二十代後半という話だが、ジッと見つめるようなぱっちりお目目の童顔で、かつこの身長がさらに年齢不詳の存在にしている、そんな伊八先生である。しかしながらこれは? もう少し顔を近づけろというのだろうか?


 僕が少し屈むと、突然伊八先生は僕の顔を両手でがっしりと掴んで、グイッと半ば強引に自分の顔に近づけるのだった。

 

 ええっ?


 そして、こつんと優しく当たる。

 

 えええっ!! 近い近い近いっ!、というか、くっついてるーっ!


 伊八先生は自分の額を僕の額とくっつけて、そしてその大きなジト目で僕を見つめた。

 ひぃぃーっ! くっついてるーっ!


「うーん、大淀さん、お熱は、無いようねぇ。うん。平熱ね、きっと」

 ってぇ、今の時代おでこで体温を測る人がいるのかっ!! 幼稚園児でもあるまいしっ! 伊八先生ぇーっ!

「うん? でも、あれ? 大淀さん、なんだか──」

 熱が無いのが分かったらもう放してぇーっ! 伊八先生のお顔がぁっ、近すぎるーっ! 心拍数が8ビートから16ビートに跳ね上がった。


「は、はっちゃん先生!? あ、あのぉー、はっちゃん先生っ!」


 流石の明石先輩もやや動揺してるのか、或いはこの僕の状況を楽しんでるのか!?


「あのっ、それじゃ、今は無くとも、熱が出ちゃいますってぇ! って、じゃない。あれ? あー、あれですよぉ、風邪がうつっちゃいますよぉ。そう、喉からの風邪でこれから熱も出ちゃうかもですから、その、つまりは、えっとぉ、早く帰って──」

 と、明石先輩。

「そう? 確かにそうねぇ。風邪はひき始めが肝心よね」

 と言いながらくっつけていた額を離し、明石先輩に顔を向ける伊八先生。というか、僕の顔を掴んでいるその両手も放してっ!

「そ、そうですとも、そうですとも」

「でも、だからこそ、ここはちゃんと見極めないとよね。大淀さん」

 と言って、伊八先生は再び僕の方に向き直りまたその大きなジト目で見つめてくるのだった。

「じゃあ、次は心拍数を調べてみないと」

 と、今度は僕の胸に自分の耳をつけようとしてきたのだったっ! って! それはマズイィーッ!!!

「!」

 僕は咄嗟に後退りして、それを躱してしまった。が──、

「あ、大淀さん? あれ? 恥ずかしいの?」

 キョトンとした伊八先生。

 いやいやいや、そんな、胸に耳を当てられたら、そりゃ、ねえさんなら、恥ずかしいでしょ? あれ? 恥ずかしいのではなかろうか?

「うーん、そうね、じゃ、右手を出してみて」

 僕は言われるままにそうすると、そっと手をとり、脈を探る様に優しく手首に親指を添えた。

「少しじっとしていてね。そして軽ーく深呼吸するように。静かにね。そう。うん? うーん、そうねぇ、これは──」

 もう成り行きに任せるしかない。

「大淀さん、ちょっといい。あなたも自分の脈を診てみて」

 と言い、今度はその僕の右手を僕の胸に押し当てるようにする。というか、そもそも脈拍が既に正常じゃないほど速いんですけど! 胸に手を押し当てなくとも、素で分かるほど、心臓が心拍をぶったたいてますからっ! 伊八先生、あなたの所為で!!

「速いでしょ?」

 と言い、伊八先生は今度は僕の左手を取り、それを自分の胸に押し当てたのだった!

「!?」

 え?


 あああっ!! むにゅってぇ、むにゅってした柔らかい感触がぁーっ! 伊八先生ぇーっ!! 


「ほら、私の心拍数と比べてみて、分かるでしょ? とっても速いでしょ」


 がはっ、そりゃ速くなりっ、なりますってぇー!!


「ねぇ、感じるでしょ? 大淀さん、私の鼓動」

 と、僕の手を自分の胸に強く押し当てて、そしてそのジト目でじっとりと見つめてくる伊八先生。

 

 まごうこと無き、おっぱい!


 なんということをっ、というか、なんだこの空気感? なんだその熱い眼差し! 伊八先生、あなたはいつもそんな目でねえさんを見つめているのですかっ? 何の意図がっ!?

 

 もう僕の心拍数は16ビートどころか狂喜乱舞、和太鼓の乱れ打ちの様で、そしてその怒涛のリズムに乗る様に、そう悪ノリするように、股下のも狂喜乱舞、ビクンビクンとブレイクダンスを踊りだすのだった。って、やめーいっ!


 とその刹那、

「じゃぁーあ、わたしのぉ心拍数もどうかなぁーっとっ!」

 と、明石先輩が横から割って入り、無理やり伊八先生から僕の左腕を取り上げて、自分の胸に押し当てたのだった! 

「!?!?」

 って──!!


 うぐっ、もう言葉にならないとはこのことか。小柄な伊八先生の、その伊八先生らしい品よく程よい母性的な丘から、明石先輩の高校生にしては実り過ぎのまるで暴力的なマウンテンに、僕の左手はムギュっとうずまり包まれるのだった。


 死ぬっ! 血を吹いて死にそうなほどの動顛が、僕と股下の彼を襲った。


「こら、明石さん。遊びじゃないのよ」


 と、少しムッとした目で、明石先輩から僕の腕を引き離す伊八先生。


「えへっ、だって、比べるなら多い方がいいかと思いましてぇ、にひひっ」

 と舌をだして、わざとらしく茶化す明石先輩。


「ほら、なんだか大淀さん、ほんとに熱が出てきたように顔が赤いわ。いけない、ちょっと待ってね」

 伊八先生は自分の鞄をガサゴソと探り始めた。

「ひき始めの風邪なら葛根湯だけど、特に喉が痛いのなら銀翹散ね、これ顆粒の漢方薬だからそのまま飲めるわ、食後に飲んで暖かくしてゆっくり休んでね。絶対に飲むのよ、いいこと、大淀さん」

 とって、包みを渡してくれたのだった。

「もし、これを飲んでも次の日に熱が出たら、休んでもいいからね。その時は先生が発熱と寒気に効く漢方薬を自宅に届けてあげるわ。いいわね、大淀さん」

「先生は主治医ですかいっ?」

 とツッコむ明石先輩だが、そんなことはお構いなしで、

「いいわね、大淀さん」

 と念を押し、つま先立ちになって僕の頭をポンポンと優しくたたくのだった。


 

 その帰り道。

 

「結局、図書館新聞の話はなかったですね。漢方薬を渡すためだけに戻ってきたんですかね。伊八先生」

 そんな僕の問いかけをよそに、なんだか神妙な面持ちで考えこむような明石先輩だが、

「そうねぇ、でも、ちょっと、あれよねぇ、はっちゃん先生は侮れないわねぇ」

「は?」

「ほんと、大淀ったら、いろんなところで懇ろな輩を生み出しちゃうんだからぁ」

 懇ろ?

「あの、ちょっと気になってたんですけど──」

「なによ弟クン、というかもう大淀お姉さんクンね」

「明石先輩は、あの、その、ねえさんの事がなんですか」

「なにを言ってるの? 当り前じゃない、唯一無二の親友なのよ」

「その、いわゆる、でですか」。

「まじよ」

「マジ?」

「まじもんよ。まじもんの親友よ」

 ん? いや、その、マジでリアルに、本物の、恋愛対象でという意味でなんですけど、そういう意味なの?

「ていうか、弟クン、あなたはお姉さんの事が大好きなんでしょ?」

「え、いや、その、そりゃ、兄弟だから──」

「そんな建前はいいのよ。本気で好きなんでしょ? 小さい頃から傍で見ていて分かるわよ」

「え、あ、うん、まあ──」

 とりあえず、ここは変に否定はしないでおこう。それに、明石さんの内心も、特に深く追求しないでおこう。とそう思った。何故なら、そうしたところで、なにがどうということもないのだ。それに、こんな状況を共有した人なのだ。


「それよりも、ねぇ弟クン、せっかくこんな完璧な女装が出来ることだしぃ、私の創作にちょこっーと、手を貸してくれないかしら? ねぇ?」

「え? どういうことですか?」

「だからぁ、大淀お姉さんをモデルに作品を作るって言ってたでしょ? でも、大淀も図書委員で忙しいからぁ、というか、私の出す注文にあんましノッてくれないからぁ──」

「それは明石先輩がエロい注文ばっかりするからでしょ」

「えへへぇ、まぁ、って、ちがうわ愛よ! 愛! 愛のある作品を作ろうとしてるのよんっ! でね、せっかく大淀お姉さんそっくりなんだからぁ、代わりにその姿で、私のモデルになってほしいのよ!」

「げっ! マジですか、ていうか、あのゴリ先に言ってたこと、ほんとの事だったんですかっ!?」

「当たり前でしょ。私はいつもまじもんなのよん」

 いやいや、ここドヤ顔するところですか? 明石先輩!


「つまり、再びこのねえさんの制服を着ろと、しかも学校で、放課後ほかの生徒達もわんさかいる中で!? そんなのねえさんが──」

「ま、大淀お姉さんが賛成しなくてもぉ、私はやるわ! だって、そうしないと全国高校美術展に間に合わないしぃ。女生徒用制服は私が用意してあげるからね。イヤとは言わせないわよ、弟クン」

「どうしてですか?」

「その股間のアレの事、大淀お姉さんに言ってものいいのねぇ? ねぇ!」

 げっ!

「そんな脅迫ですか!」

「弟クンはぁー、実のお姉さんの制服を着てぇー、アレをぉ──」

「すいません。異論はございません。明石先輩」

「にひひっ」


 もう悔やんでも仕方がないのかもしれないが、いやしかし、言わずにはいられない。──どうしてこんな事にぃっ!!

 

 この人の無茶ぶり&強引さ、今更どうにもならないが、僕のこのねえさんコスチュームプレイはとにかく今後も続くのだ。


 ねえさんに扮することでの、この僕の妙な心の高ぶり、これが今後も続くかと思うと、何か云い知れない未知のエゴというかエロというか、背徳的なものを感じないわけではなかった。が、上手く言葉では言い表せなくとも、股下の相棒たる彼は無言でその感情を示していた。天に拳を掲げ、勝鬨を上げるように。って、やめてくれっ!


 で、結局僕は偽大淀ねえさんと疑われることなく、伊八先生をやり過ごすことができた訳だが、しかし本当にバレずにすんだのだろうか。伊八先生は弟である僕が変装していると疑って、わざとをしたのだとしたら。或は、むしろ僕が完全にねえさんに成りすませたからこそ、したのか? どちらにせよ、些か妙な空気感だった。


「でも、なかなかエキサイティングな放課後だったわぁ! まさか、大淀お姉さん体操着ブルマをちょいと借りたら、こんなことになるなんてねぇ。えへへ、私と弟クンが一緒に帰ってきたら、大淀のやつきっと驚くだろうなぁ。二ヒヒッ」

「ほんとですよ。明石先輩が犯人だったなんて、とんだ結末ですよ」

「それにぃ! 弟クンという完璧なが見つかってぇ、ほんと万々歳ねぇ」

「万々歳じゃないですよ」

「なに言ってるの、弟クンもほんとは大淀お姉さんの制服着るの、楽しいんでしょ? ねぇ、そうでしょ? ねえ!」

 うぐぅ、それは──、

「まっ、まぁ、しかし、でも、ねえさんの体操着ブルマがちゃんと見つかってよかったですよー」

 とりあえず、僕は誤魔化した。

「そうねぇ、よかったわねぇ」

 というか、あんたが盗んだんでしょ!

「てか、今、僕、ねえさんの体操着ブルマも穿いてるんですけど!」

「そうよねぇ、おもいっきりド変態ねぇ、きっと大淀お姉さんのやつ驚くだろうなぁ。にひひっ」

「二ヒヒじゃないですよぉーっ!」


 こんなの、ねえさんに顔向けができない。それに木曾の奴もまだ家で待機してるはず。このままじゃイカンっ! が、しかし、道端で体操着ブルマを脱ぐわけにもイカン。


「あ、そうだ! ねぇ、弟クン、折角だからプリクラでも撮って行かない?」

「は!? いいえ、もう今日は帰ります!」

「なによぉ、いいじゃない」


 もうこれ以上の刺激は身が持ちません。僕のホメオスタシスも限界だろう。早く帰って、ねえさんの顔を見て癒されたい。


 しかし、体操着ブルマ持ち去りの犯人は明石先輩、そしてゴリ先だの伊八先生の漢方薬だの、事の顛末を上手くねえさんに伝えられるか、もはや僕には自信がなかった。


 が、「深く考えなくてもいいんじゃよ」と言わんばかりに、股下の彼は不敵に蠢くのだった。





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