第5話 先輩とプレイ・ツーと僕


 見られたのか!?

 

 しかも、よりによって生活指導を担当する、そして僕のクラスの体育をも担当するゴリラマッチョの脳筋教師たるゴリ先に!


 これは由々しき事態どころか、もはや現行犯逮捕だ。


 この状況、度外れな風紀の乱れ、学園で大問題に発展する! そして噂話は拡散する?


 学園裏サイト、裏サイトとは言うものの、実は生徒会が管理・運営していて、誹謗中傷や変な書き込みは実質出来ない生徒の自主性に任されたなかばゆるい公的な裏サイトなのだが、そこでは日頃、学園ミスターコンテスト常連のイケメン先輩方々の噂話がよく飛び交っていた。誰々くんがなん年なん組の誰々さんと一緒に帰っていたとか、部室で密会してたとか、スタバで二人きりのいい感じだったとか、そんなたわい無いイチャイチャ現場の目撃情報などなど、いわゆる男女の、学園ゴシップだ。中には、国語の〇〇先生が××君と──、なんて美人教師×男子生徒の禁断の恋、学園恋愛スキャンダル!? なんてのも真しやかに(ネタだけど)語られるのだ。


 が、僕のこれは学園ゴシップどころじゃない。 


 そもそもこれは男女のなのか? 学園Boys&Girlsの可愛らしい恋の現場か? 男女であることは間違いない。が、ねえさんの体操着ブルマを着た明石先輩と、ねえさんの制服を着た女装男子の僕、変態同士の逢引!? しかも明石先輩にスカートを捲られパンツを剥ぎ取られかけていて、で、それでいて僕の股間のはイケイケドンドンの臨戦状態。マジであり得ない。

  

 日頃のネタが吹っ飛ぶかもだ。


 きっと学園ゴシップ速報に取り上げられ、制服女装の変態拗らせ1年生男子現る! とのスレッドが乱立する! 向こう半年は定番ネタとして定着してしまうっ! のだろうか──?

 いやまて、これは裏サイトネタだけではすまないぞ。そもそも僕の学園生活が終わる。それどころか、きっと明石先輩や、ねえさんにまでも悪影響が──、明石先輩は自業自得だけど。


 嗚呼ー。


 僕は女の子座りしたまま俯き、目を閉じた。


「おい、なにやってんだぁ明石? あん? 大淀ぉ、おまえも美術部だったのか?」

「!」

「いえいえゴリ──、武蔵先生、えーっと、あのぉ、あれですよ、大淀にはちょっと作品のモデルとして手伝ってもらっててぇ──」

「ほーん、で、なんでお前体操着なんだ? あれ、それ大淀の体操着か?」

「いやぁー、あ、これはですね! あれです、イメージトレーニングですよ、イメージトレーニング。作品のテーマは女子高生の日常! で、体操着姿も制服姿もあれかなぁーってことで、ビジョンを膨らませてるんですよぉ。モデルが大淀だからぁ、その──」

「お前がそれ着る意味あんのか?」

「あります、あります! これが大ありなんです! なんったって、作品を作るわたくしも、その作品の一部にするというかぁ──、この教室、空間が全て重要で、大淀と私で、こう、あの、そう! 異次元! 異なる二つの世界線を構成するわけですよ!」

「はぁ? なんじゃそりゃ? 相変わらずお前の考えてることは、あー、なんというか、奇抜というか、わけわからんというか。芸術は俺には分からんからなぁ」

「えへへっ!」

「まあでも、去年全高美術展で優秀賞とったわけだしなぁ、まぁ、なんともなぁ──」

「そ、そうなんです!」

 

 ゴリ先が何か言葉を発するたびに、心臓が異常にバクバクとして、今にも口からエイリアンの幼生のように飛び出しそうで、僕はグッと口を噤んで堪えていた。しかしながら、流石手八丁口八丁の明石先輩、案外なんとかゴリ先をやり過ごせそうな勢いである。この期に及んで異なる二つの世界線? とか、意味不明にも程がある。というか、ゴリ先はさっきのスカート捲し上げを見てなかったのか? それともただ女子同士がちょぴっとふざけあっていただけだと、そこは別段ツッコまないのか? 或は、明石先輩とねえさんが関係かもと察して、あえて触れないでいてくれているか!?

 

「でぇ、大淀! お前ぇ、いやに青い顔して床にへたり込んでて、大丈夫か?」

 うっ、こっちに話を振ってきたぁーっ! 

 僕は俯きながら目を見開いて、恐る恐るゴリ先を見た。その無骨な顔をしわくちゃにして「はぁ?」といったような、心配するような困惑したような、なんとも言えないゴリラ顔をしていた。どうすることも出来ず、僕はその場でブルブルと、とにかく首を横に振った。声を出して返事は出来ない。絶対に。見た目は誤魔化せても、声は絶対にバレるっ!!

 

「ん? どうしたんだぁ大淀、お前ぇ、なんか泣きそうな顔してねぇか?」


 そりゃもう泣きそうですよーっ! とにかく僕は首をブルブルと横に振り続けた。


「あー、先生、このコあの、ほら、あのぉ、えっと、ちょーっと風邪気味で、喉の調子がもう最悪で、声が出せないんですよねぇ。ね? そうよね? 大淀!」

「!」

 すかさず僕は「そう、そうです!」と言わんばかりに、首をうんうんと縦に振り、目を見開いて「そうなんです!!」と強く訴えた。

「風邪かぁ? ん!? なら明石お前ぇ、大淀を床になんか座らせてこんな遅くまで部活に付き合わせちゃいかんだろ。何やっとんだお前ら、早く帰れ!」

「あっ! はい、はいそうですね。そうですよねぇ。私ったらすぐ夢中になっちゃってぇ、えへへ、ごめんねぇ大淀ぉ」

「!」

 明石先輩に合わせて、首をブルブルと横に振ったりうんうんと縦に振ったりして、もう訳のわからない動きで僕は応えた。

 

 とその時、

「あー、そうだ、思い出した! 確か図書の伊八先生が──」

 と言って、それまで入口に突っ立ったまま話していたゴリ先が、突然こちらに歩み寄ってきたのだった。

 げっ! 近寄らないでぇーっ!


「あああっ! 先生ストーップ!!! ストップ! 駄目です! 作品イメージの空間に入ってはだめなんですぅーっ!! ストップ、ストップ」

「はぁ?!」

「武蔵先生、いいですか、ここは私の大事な作品イメージ空間なので、で、そう! 今この教室に私と大淀以外が足を踏み入れるとぉ、えーっと、私のさっきまでに作り上げた脳内イメージがぁ、こう、その、ぶっ壊れるんです! もうめちゃめちゃに、リセットです」

「え? はぁ?! なに言っとんだぁ? もう部活終わりにするんだろ?」

「いや、だからぁ、あれですよ! あれ! 最後までイメージをきっちり脳内にインスパイアさせるには、最後が大事なんですよぉ! 最後の最後まで、私と大淀で、締めくくってぇ、この教室を二人で出る! それがこの作品なんですっ! だからそれ以上こちらに近づいてはダメですっ! ノー、ノー!」

 ナイスッ! 明石先輩っ! というか、もう意味不明過ぎるーっ! 笑わさないでくれぇーっ! 声出せないしぃーっ!

 普段から若干ハチャメチャな人柄だけあって、支離滅裂でも謎の説得力を醸すこの人。無意味に凄い。

 

 ゴリ先は 困惑しながらも言われるままに恐る恐る後退りして、入り口に戻ったのだった。

「まぁ、どうでもいいけどよぉ。そうそう、大淀、図書の伊八先生が来月の図書館新聞の原稿、お前に渡すの忘れたとかなんとか言ってたっけかなぁ。多分まだ職員室におられるだろうから、美術室の鍵、職員室に届ける時に、話してみるといいぞぉ」

「そうなんだって、大淀」

「……」

 僕はとりあえずふむふむと頷いておいた。

「じゃあ、俺ぁ行くから、ちゃんと戸締りしろよお前ら」

「それぐらいちゃんと出来ますよ」

「おう」

 と言って、ぴしゃりとドアを閉めてゴリ先は行った。

 

「はぁーっ」


 僕は息を大きく吐いた。もう本当に生きた心地がしなかった。が、なんとかゴリ先をやり過ごせたのだ。明石先輩の強引な機転のおかげだけど、しかし、見た目的には僕は疑問を持たれなかったのだ。つまり、僕は完璧にねえさんに成りすませたのだ。ゴリ先は僕をねえさんとだと完全に誤認した。僕の目にもそっくりだったけど、本当に事情を知らない他人の目から見ても、制服女装した僕とねえさんは瓜二つなのだ。この事実は少なからず、僕の心を妙な感覚で揺さぶった。同じく股下のも。もぞもぞと。


 と言っても、体に触れられた明石先輩には見破られたんだけど。


「はあー、なんだか気疲れしたわぁ。ふぅー。でも良かったわね。バレなかったわ、弟クン」

「ほんとですよ、この数分で猛烈に疲れましたよ。でも、流石口八丁手八丁。あんな無茶苦茶な能書きでゴリ先をやり過ごすとか、凄すぎです。意味不明ですけど。明石先輩のおかげです」

「うんうん。もっと褒めてくれたまえ。ってぇ! 無茶苦茶な能書きとは失礼ね。私はイマジネーションの世界に生きているのよ」

「ですよね。──って、いうか!!! そもそも明石先輩がするから! 危険極まりなかったでしょ! 僕の学園生活が終わるところだったんですよ!!」

「あっ、まあいいじゃない。見られてなかったんだから。で、どうなの、アレはまだ大丈夫?」

「は、アレ?」

「ソレよ」

 と言って、明石先輩は僕の股間に手を伸ばした。

「や、やめてくださいよ!」

 と、僕はその場から立ち上がりさっと後ろに逃げた。

「なによぉ、弟クン、警戒しちゃって。別に取って食おうってんじゃないわよ。少しぐらい──」

「だめですっ! セクハラですよ! てか、あんなゴリ先に睨まれたら、流石にその、もおとなしくなりますよ」

 というか、今の明石先輩なら、まじで取って食いかねない。

「えっ! じゃあ、あれ、その、縮んじゃったのぉ? ソレ。ねぇ?」

「そんなの言わせないでください。明石先輩女の子でしょ?」

「なに言ってんの、女の子はいつも興味津々なのよん。縮んだのも見てみたいのよっ!」

「やめてくださいぃーっ!」

 僕は明石先輩から5メートル以上の距離をとった。

「ああっ! もう弟クンったら、大淀お姉さんには見せたことあるんでしょ? 小学生の時は」

「そ、そりゃ、その、一緒にお風呂に入れば、見られるって言うか、てか、今はもう高校生ですっ」

「あぁー、いいなぁー、大淀のやつぅ、こんな弟クンがいて。いいなぁー、私もこんな弟ほしかったなぁー」

「だめですよ、明石さん。あなたのような人の下に弟なんていたら、その弟の将来が危ういですよ。神様が許さなかったんですよ。きっと」

 なんて言いながら、ちょっと待て、僕のような弟の上にいるねえさんはどうなんだろう。下手すると、将来が危ういのか? 或いは僕自身も? と考えるのはやめておこう。


「ふん。でもねぇ、女装姿をゴリ先に見られてぇ、アレが縮こまっちゃうなんて。そっかぁー、てっきり弟クン、ノリノリになるのかなっと──」

「なっ、なりませんよ! なんでゴリラ相手にノリノリになるんですかっ!!」

「あ、そうなのね、マッチョは好みじゃないんだ」

「男相手に好みもクソもないですよーっ!」

「あっ、そう? やっぱり女の子になりたいわけではないのね」

「当たり前です! これはただねえさんの身代わりになっただけです!」

「ふーん。でも弟クン、アレおっきくしてたしぃ。私にスカート捲られても、アレは嫌そうじゃなかったしぃ」

 うぐぅ、イタイところを──、

「それは──」

 明石先輩はまた眉をひそめて、見透かすような目つきで、僕をまじまじと見つめてくる。

「ふーん。そう。そうねぇ、弟クンは、アレね。なのかもねぇ、ふーん」

「な、なんですか?」

 あっちでこっち?

「弟クン知ってる? 動物学的に世の中には男と女しかいないけど、セクシュアリティって今や12種類に分類されるのよ」

「セクシュアリティ?」

「しかも、海外の国によってはLGBTが18種類にも分類されているんだから」

「LGBT!?」

 性的嗜好、いや性的指向か──、

「ま、いいわ。とにかく帰りますかねぇ。私着替えるからちょっと待っててね」

 といって、机の上にたたんで置いてある自分の制服を手に取り、教室の隅に立てられたパーテーションの裏側に入って行った。

「弟クン、覗いちゃだめよぉ。でも、覗きたかったら覗いてもいいのよぉ」

 は? って、どっちなんだ?

「私もぉ、弟クンのアレ、触っちゃったしぃ、罪滅ぼしよ。私というお姉さんの生着替え、覗いてみたいでしょ? 我慢しなくても、てもいいんだからねぇ」

「なっ、シませんよっ!」

 この人、一体なんの企みがあってこんな誘惑をするのだ。一体どこまで僕を、というか股間のを挑発するのか!? と考えていると──、

「ほれほれ、どう? こういうのも興味あるでしょ?」

 と言って、明石先輩は白い腕を伸ばしパーテーションの端から何かをヒラヒラと振った。

「!」

 げっ、下着?! 

「ほれほれぇ、脱ぎたてホヤホヤのお姉さん先輩のスポブラですよぉー」

「まっ──」

 ということは、明石先輩は今ノーブラ!!

 いかんいかん、挑発に乗るんじゃない股間の

「な、なにをっ! てかストリッパーですか!」

 この人、まじで踊りかねない。

「ほらほらぁー、次は脱ぎたて大淀お姉さん体操着ブルマですよぉーん」

 と間髪入れずに、今度はねえさんの体操着ブルマをひらりとさせたのだった。

「なんですとぉっ!」

 それは、明石先輩が今まで穿いていたねえさんの神聖なる体操着ブルマであり、つまり、ねえさんの魅力と明石先輩の変態が綯交ぜになった、最早わけの分からない欲望の権化というべき──、僕は脳天がドラム式洗濯機のようにグルグルと混乱した。が、股下のは真っ直ぐ堂々として、力を漲らせようとしていた。


 そうして僕が混乱しているうちに、明石先輩は制服姿でパーテーションから現れたのだった。たたんだねえさんの体操着ブルマと、そして、スポーツブラも抱えて。スポーツブラ?


「おまたせぇ。弟クン、よく我慢したわねぇ、ぜったい覗きにくると思ってたのにぃ。ほんと堅物というか、生真面目なのねぇ、そんな格好して。って、あれ? ちょっと待てよ、──私の魅力ってそんなものなの(小声)」

「の、覗いたりなんかしませんよ──」

 ねえさんの大事な親友なんだし。とは言え、股下のはイケイケゴーゴーとうるさかったが。

「ははぁん、そっかぁー、じゃあ、私の脱ぎたて体操着ブルマ、着てみる?」

 なんですとぉーっ!

「き、着ませんよっ!」

 妄想したことはあるけど。

「ほんとかなぁ?」

「あの、明石先輩、その、それって──」

「え、スポブラ? ほら、やっぱり好きなんだぁ」

 まさか、この人ノーブラなのか!?

「そういうの、ちゃんと隠してくださいよ」

「ふーん、大淀お姉さんのじゃなくて、私のでもドキドキするんだ」

「からかわないで下さい! というか、あの、それ今着けてないって、その、まさか──」

「あっ、これ? 私いつも体育の時だけスポーツブラに着替えるのよ」

「着替える? じゃあ、今は──」

「馬鹿ねぇ、弟クン、制服の下はブラトップよ」

「ブラトップ?」

「ん? あれ? 大淀お姉さんに下着のこととかは教わらなかったの? 駄目ねぇ。せっかくお姉さんそっくりに女装したんだから、次からはちゃんと下着も着けないとねぇ」

「次からって、もうやりませんよ」

 なんて、言い切れなかったりして──。

「ふーん。弟クン、それ、ほんとうかなぁ?」

「し、しませんよ」

 またも怪しい眼差しの明石先輩。この無駄に鋭い洞察力をもっと他に使ったらどうなのか。


「あ、そうそう、さっきぃゴリ先が大淀も職員室行けって言ってたよねぇ。伊八先生がなんとかって」

「でも、それはマズイような──」

「いいじゃない。伊八先生女性だし」

「女性だからとか、そういう問題じゃないでしょ、てか、絶対無理ですって。声出して話せないですし」

「うーん、そうねぇ、近くでじーっと見られたら、弟クンとバレるかなぁ? でもどっからどう見ても大淀お姉さんなんだけどぉー、──ん? でもまって、ちょっとだけ、何かが足りないようなぁー、メイクは普段学校じゃあ大淀お姉さんもほぼすっぴんで何もしてないしぃ、うーん──」

「間近に見ると、やっぱり僕は僕でしょ?」

「んん? あ、分かったっ! これよ、これっ! 弟クン、胸よ! 胸! 胸が無いっ! ま、元々大淀お姉さんもそんなに胸無いけど」

「胸!」

 確かに。てか明石先輩、ねえさんはのではなくて、慎ましやかなのです!

「よっし! 胸を作るとしますかぁ!」

「ええ!」

「さ、弟クンこれを着けるのよ」

 と言って、明石先輩は自分がさっきまで着けていたスポーツブラを僕に差し出すのだった。

「えええーっ!」

「ほら早く!」

 そのほんのり温かみのあるソレを僕に無理やり手渡し、

「あと、パッドの変わりになるものが──」

 と言って、ティッシュペーパーを丸めてセロテープをペタペタと貼り、工作を始めたのだった。

「あ、あの、マジですか?」

「弟クンなに言ってんの? 大真面目よ大真面目。完璧な大淀お姉さんになるためには、これは絶対必要よ!」

 それは確かにそうかもしれませんが、この温もり──。

「なにボーとしてんのぉ? 着け方が分からないの? ほら、さっさとブラウスを脱ぐ!」

 明石先輩はなんの躊躇もなくブラウスを脱がす。そして、僕もされるがままだった。


「よっし! できた。うん! やっぱりこうすると、しっくりくるねぇ。そうそう、顔はもう完璧大淀お姉さんだったけど、なにかが微妙に違うと思ってたら、そうね、体型だったのよねぇ。男と女じゃいくら姉弟でも、胸は違うわよねぇ」

 と姿見ごしに僕を見つめながら、明石先輩は満足気に言うのだった。

「確かに──」

 確かにさっきまでよりも、一層ねえさんに近づいた、と僕も思った。

「じゃ、さっさと職員室に鍵返して、帰ろうかぁ。帰りが遅いと大淀お姉さんも心配するだろうしねぇ」

「あの明石先輩、でもやっぱり、僕も一緒に職員室に行くのは──」

「だって、さっきゴリ先が寄れって言ってたでしょ」

「でも、あの──」

「大丈夫だって、胸も出来たし! うむ、もう完璧大淀お姉さんよっ!」

「でも、伊八先生が色々話しかけて来たら──」

「でもでもって、弟クン、心配性なのぉ? だらしがないわねぇ。男ならどーんと腹を括って、この際楽しんじゃおうよっ!」

 男ならどーんと女装を楽しむのですか?

「あ、じゃあ一応マスクでもしていく? あるよ。うんうん頷いていればバレないわよ。きっと、いや絶対に! ──それにぃ、女装姿で女性を前にして動揺してる弟クンを観察したいしぃ(小声)」

「えっ! なに?」

「なんでもないわよ。さあ、行くわよぉ」

 と言って、明石先輩は僕の背中を強く押し、美術室を出るのだった。


 明石先輩と並んで廊下を歩く。さっきまで一人でこのねえさん変装プレイを、満喫? していたのだが、今度は相手を伴って。少なからず僕の心の奥底で、謎のテンションが高まる。遠くから見ればきっと、普通に明石先輩とねえさんなのだろう。明石先輩も普段僕が見るその倍はご機嫌で、そして腕を組んできてやたらとボディータッチが多い。ねえさんと明石先輩ってこんな感じだったっけ?

 こんな状況になると、ゴリ先に睨まれた時は、引き潮の岩場にしがみつくイソギンチャクのように縮こまっていた股下のも、またムックリと自分の存在をアピールしだすのだった。やめろーっ!


「ほんと、こうして歩いていると、まったく違和感ないわね。大淀お姉さんそのままよ。うん」

 腕を組みながら覗き込むようにして、僕の顔をまじまじと見る明石先輩。って、ち、近い!

「それに、弟クンて、脚も綺麗ねぇ。すらっとしてるし、大淀とほんと変わらないような──」

 そう言って、スカートをめくり上げようとする。

「ちょっ、やめてくださいよ!」

 慌てて手をはらいのけるが、

「いいじゃない、少しくらい。誰も居ないわよぉ」

 と言って、僕の太ももに手を這わせるのだった。

「なっ! ちょ、ちょっとぉ!」

「うわぁ。男の子のくせして、すっごい肌スベスベね。体毛も薄いというか生えてない? 女の子みたい、ほらぁ」

 と、大胆にも僕の内ももをムギュっと揉む。

「うわぁっ! やめてくださいよ! 痴女ですか、セクハラですよ!」

「にひひっ、いいじゃない? ただ太もも触っただけよん」

「ただ太もも触っただけで、もう100%セクハラです! これが反対だったら痴漢行為で僕は捕まりますよ!」

「ふーん、弟クン、私の太ももさわりたいんだぁ」

「ち、ちがいますよ」

「とかなんとか言ってぇ、また喜んでるんじゃないのぉ」

 というが早いか、明石先輩は僕の股間に手を伸ばした。

「その手は食いませんよ! 明石さん!」

 が、僕は即座に離れて、明石先輩の邪な手を躱した。

「もう、なによぉ、弟クン、わざわざこんなエッチな恰好しておいて、ガード堅いわねぇ」

「おっさんですか!?」

「うーん、でもねぇ、なんとなく──」

 とめげずに僕に喰らいついて来る明石先輩。今度は僕のお尻を鷲掴みにしたのだった!

「うわぁっ! なにを!」

「そうそう、お尻よ! やっぱり男の子のお尻は、ちょっと堅いわねぇ。大淀お姉さんのはもーっとムッチリぽよぽよよ」

「日常的にねえさんのお尻触ってるんですかっ!!」

「まあ、私と大淀の仲だからねぇー、にひひっ」

 と意味深な笑みを浮かべる。いや、絶対ウソだ。ねえさんが許すわけない! はず。


「そうねぇー、あのね弟クン、なんかねぇ、こうして一緒に歩いて、全体的なプロポーションを確認すると、やっぱり微妙に違うかなぁーって。確かに弟クンは足も綺麗だし、すらっとしなやかで大淀お姉さんそっくりなんだけど、細かいこと言うと、僅かに違うわ。こうもっと丸みを帯びたラインというか、ボンキュッボンって感じ? 大淀お姉さん胸は無いけどお尻はそこそこあるコなのよ」

 普段一体どんな目でねえさんを見てるのだ? この人。

「うーん、そうね、ウエストから腰のラインの丸みが足りないわね。もう少し大淀お姉さんは骨盤が張っている。あれ? 弟クン、ウエストは同じなの? スカートが穿けるってことは──」

「いえ、さすがに僕の方が腰回りはありますよ。スカートのチャックを上げて、ホックは止めてないんです」

「あー、そう。でも、男の子にしては細い方なのねぇ。でも、やっぱり腰つき、お尻のボリュームと丸みが足らないわ」

「って、そんな細かいところまで──」

「弟クンは知らないかもしれないけど、図書顧問のはっちゃん先生は大淀お姉さんととっても仲良しなのよ。きっと大淀お姉さんのあらゆるところを見てるわ、あの人。ちょっとジェラシーよ」

「まじですか?」

 というか、なにか着目点が微妙におかしいような──、

「うん、やっぱりボリュームよねぇ。よしっ! 弟クン、とりあえずコレ、穿いて誤魔化しなさい」

 と言って明石先輩が差し出したのは、さっきまで自分が穿いていたねえさんの体操着ブルマだった。

「いっ、えええーっ!」

 ねえさんの神聖なる体操着ブルマでかつ明石先輩の脱ぎたてで──、しかもここで!

「さあ、時間が無いのよ早く! コレ穿いて少しボリュームを出せば、ちょっとはましになるでしょ。ほんとは二枚ぐらい穿いた方がよさそうだけど」

「マジですか? あの、ねえさんの──」

「ちょっと、なに動揺してんのよ、弟クン。ねえさんの体操着ブルマ、ホントは穿いてみたかったんでしょ?」

「んなわけ──」

「早くしないと、誰か来ちゃうわよぉ。ほら、もうパンツずり下ろしたりしないから、早く! ま、でもそうねぇ、理想をいえば、ペチコートとかでスカートをふんわりさせれば案外簡単に誤魔化せるかもね、これは。うん要検証事項ね、今度はそうしてみましょ」

 今度って!?


 僕は急かされるままに、ねえさんの神聖なる体操着ブルマを、大胆にも学校の廊下の隅で穿いたのだった。ああ、ねえさん。僕って奴は──。

「なんかぁー、廊下でスカートの下になんか穿くってエロいわねぇ」

「あなたがやらせてるんでしょ、明石さん! てか、おっさんか!」

 しゃがんで下から見上げるなぁー。

「うーん。弟クン、いいえ、もうこれは大淀よ、大淀がこんなところで、なんだか凄くエロいわぁ」

 この人絶対スケベだ。もっとサバサバしてて竹を割ったような性格だと思ってたのに、本当はこんな人だったのか!?

 

 と、そうこうしているうちに職員室の前に来た。一難去ってまた一難とはこのことだ。ゴリ先に続き、伊八先生を上手くやり過ごせるのか? しかも伊八先生はきっと目の前までやってきてあれやこれや図書委員の仕事について語りかけて来る。で、僕はねえさんのように受け答えできるのか!? 声が出ない事にするとはいえ、普段ねえさんと伊八先生がどんな感じで接してるのかも知らないし、そもそも図書委員の仕事内容も知らないし──。


 僕は溜息をついた。だが、股下のはまたももぞもぞと蠢くのだった。「見られるのも好きでしょ?」明石先輩の言った言葉が脳裏をよぎる。いやそんな訳、──だがは欲望に対して、正直に馬鹿が付くぐらいの、ピーンと真っ直ぐな奴だったのだ。


 さて、やり過ごせるのか僕。そしても。


 

 因みにだが「逢引」とは、岩波国語辞典第七版によれば、(愛しあっている)男女が(ひそかに)あうこと。ランデブー。とある。これは第四版でも変わらない。(愛し合っている)男女がひそかにあうこと。ランデブー。愛しあっている、ひそかに、がなぜカッコ書きなのかは、もっと広い意味でも使えるということだろうが、ランデブーとは。宇宙船やら人工衛星やら、SFや宇宙科学関連の言葉だと思っていた。ちょっとした発見だった。


 ランデブー。


 逢引の相手がねえさんならば、もういっそのこと、ねえさんと宇宙の果てまで飛んで行きたい。そんな気分だった。





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