第4話 先輩とプレイと僕

 

 変態とは、岩波国語辞典(第四版)によれば、もとの姿から変わった形態。転じて、異常な状態、とある。用例は「──性欲」。なるほど、最も不真面目でかつ最もポピュラーな使い方だろう。


 で、僕の場合、異常な状態──、確かにそうだ。もとの姿から変わった形態──、それもそうだ。僕はねえさんの制服、学園女生徒用制服を着こんでいるのだから。変わった形態にもほどがある。一見白地に紺のセーラー服、だがそれはセーラージャケットであり、中にブラウスを着て短めの赤いネクタイをキュッと締める。セーラージャケットの方にも、折った襟の胸元の先端に、スカーフを巻いているように見える小さな赤いリボンがワンポイントとしてついている。ボトムスは紺地のプリーツスカート。裾に2本の白いラインが入っている。さりげなく装飾の多い、なんとも可愛らしい制服だ。


 うちの学園は、女子のスカート丈についてわりと自由で、女生徒によってまちまちである。ねえさんのそれは、正直短い。それは学園ミスコン常連の上位トップテン、カリスマ女子生徒達にも引けをとらない短さだ。己の魅力に秘めたる自信をのぞかせるその寸法。仮に、丈の短さを全女子生徒で5段階にランク分けするならば、上から二段目ぐらいに分類されるか。


 しかし、誰が見ても美人のカリスマ女生徒達が、これ見よがしにスカートの丈を短くして、その脚線美も更なる武器として誇らしげに掲げようとも、単なる足し算の美はただただ美麗という表現にとどまり、僕の心の琴線には触れない。確かに美しい。が、違うのだ。ねえさんのように、一見慎ましやかな(地味とは言わない)眼鏡美人が、その知性溢れる雰囲気とは裏腹に、そのおみ足を惜しげもなく披露して、さらにはニーソックスによる素足のコーティング、スカートの裾とソックスの口との間のチラリと見せる太ももの柔肌、俗に言うが醸し出す悪魔的な魅惑たるや。つまり、知性と魅惑のコントラストが、奥行のある美を生み出し魅力を際立たせるのだ。


 なんて考察している僕は、つまりは変態か。


 そんなわけで僕は、明石先輩に美術室へ連行されたのだった。尋問は始まっていた。


 事のあらましを出来るだけ分かりやすく、誤解や、或いは嘘と思われないよう正直に話した。ただ、僕の焦りようと早口ととちり具合で、上手く伝わったか自信は無い。


 普通の教室と比べ、やたらと広い美術室。堂々と、ややふんぞり返るような姿勢で椅子に座る明石先輩。ねえさんの体操着ブルマから伸びる眩い素足──直視するのを憚られる、或いは後ろめたさを覚えるほどの艶々なおみ足──を惜しげもなく晒し、美の権威を見せつけるかのように足を組んでいる。

 そんな明石先輩と向かい合って、僕は美術室の真ん中で、両膝を抱え床に三角座りをしていた。縮こまるように。そう、股間のを隠すように。


「弟クン、なるほどぉ、そういうことねぇー、ふーん」

 と、ほんのり眉をひそめて、射抜くかのように僕を見つめる明石先輩。この人、絶対話半分でしか聞いてない。

「でもね、弟クン」

「はい?」

「まあ、触っちゃったー、私がぁ悪いのもあるんだけどぉ──」

 あっ、

「いやいや、あの、あのその前に! 明石先輩はいつもにその、エッチ──、というか、がばっとして、ねえさんに挨拶? その、接してるんですか!?」

「え、そこ?」

「そうです!」

「えーっと、そう、うん、そうねぇ、まぁ、いつもというか、あれね、愛情表現?」

「愛情表現!?」

 愛情深すぎでしょ、しかもスケベな方向で!

「まぁ、私と大淀の仲だからねぇー、なんてぇ。女の子は、時としてそういうもんなのよっ」

 いや、絶対ウソでしょ、この人。

「いいえ、ねえさんがそんなの許すわけないです」

「あはははっ、そうね、まぁ、私の一方的な愛情表現? かなぁ、なんて──」

 ニンマリと笑顔で誤魔化そうとする明石先輩。

 

 ここまでの流れは、どちらかというと僕優勢、というか僕が尋問官のようでもあったのだが、


「ま、それよりも! 弟クン! 話を逸らして誤魔化しは駄目よ。私、触っちゃんたんだから。もう分かってるんだからね!」

 やっぱりソコ、突っ込んできますか──、

「ええっと──」

「アレよ! アレ、おっきくしてたでしょ。ソレ!」

「な、なんのことでしょうか?」

 なんてしらばっくれても、絶対苦しい。

「股間よ、股間! 股間のソレよ!」

「うっ」

「股間のソレ、おっきくして。弟クンさぁ、大淀の、お姉さんの制服着てアレでしょ? 性的に興奮してたんでしょ?」

 せ、性的てぇ、ひぃー、

「い、いや、それは、あの──」

「あー、弟クンがねぇ、そんなド変態だったなんて、あれよねぇ。お姉さんが知ったら、ショックだろうなぁ。うん、まあ、大淀のような素敵なお姉さんなら、男の子だしぃ、性的に興奮しても仕方がないのかなぁー」

「いや、あの──」

「なに? それとも、アレ? もしかして制服が好きなの? 女子生徒の制服が好きなの? そうなの!? 女子高生の制服を着ていることで興奮しちゃうわけ?」

 いや、その、これはやってみれば分かると思うけれど、というか、明石先輩は女性だから一生分からないかもしないけれど、男子なら、誰だって、こんな恰好したら、ソレは──、

「あれれ? それとも、弟クン、まさか女の子になりたいとか、そういう願望なの!?」

 いやいやいや、そんなことは無い! ──が、いや、まて、それは、むしろ、僕は、ねえさんそのものになってみたいなぁー、とか、思ってしまったか?! それは、否定できないか!?

「そ、そんなこと無いです」

「じゃあ、どっち?」

「どっちというと?」

「もう、この期におよんでぇ、観念しなさいよ。弟クン、ほんとうは女装が性的嗜好だったりして? それとも、お姉さんが大好きで、その制服を着て、実の姉に対して性的に興奮していたの!?」

「なっ──」

 直球ー。なんというド直球かつ、どちらにしても僕が変態であることが前提な問いかけか。


 それは、僕はねえさんが世界で一番大好きなんですよーっ! この美術室の中心で愛を叫びたいんですよー! なんて胸の内を吐露できないけれど、──でも、女装というのは、初体験とはいえ、僕自身もよく分からない、説明の出来ないある種のリビドーのような、そんな感覚を味わったのも確かだ。ねえさんの制服だから、だろうか。


「あら、黙った。まさか図星、当たっちゃった!?」

「いや、いやいや明石さん、その、最初に説明したように、ねえさんのフリをして、犯人を捜そうとして、ただそれだけで、疚しいことは何も。それに、あの、男なら、こんな恰好したら、そりゃ、やっぱりそうなりますよ。きっと誰でも。生理現象ですよ」

「ふーん、生理現象ねぇ。スケベな生理現象ねぇ」

「はい、生理現象です! 思春期ですから!」

 って、自分で言うのも恥ずかしい。

 

 とその時、明石先輩はおもむろに立ち上がって、そしてずいっと僕の前までやってきて、僕の目の奥を覗き込むようにして言った。

「でも、弟クン、お姉さんのこと、好きなんでしょ? それはホントの事でしょ。違う?」

 明石先輩、鋭い。というか、そこ、なんでしつこく問いただす必要があるの?

 

 いや落ちつけ僕、ここは冷静に考えろ。まあ、変に否定するのも不自然だし、姉弟だし、言いようによっては「好き」というのも、言うなれば兄弟愛だし、つまり普通だし──、


「そ、そりゃ、ねえさんの事は、す、好きですよ。家族だし、兄弟だし、いつも僕のために──、その、なんていうか、お世話になってるし、普通でしょ。家族愛っていうか」

「ふーん、家族愛ねぇ。確かに私から見ても仲いい姉弟だもんねぇ。んで、小学校高学年までは一緒にお風呂に入っていたんだしぃ、あれぇ? ちょとまって、弟クンが高学年なら、大淀は中学生!?」

 なっ、

「いや、中学生はさすがに──」

 無かったかな? あれ?

「じゃあ、弟クンが中学生の頃、お姉さんのお風呂覗いたりした?」

 なっ、なんでそういう話になる。

「覗いてないですよっ!」

「嘘ね。男の子は中学生の頃がイッチパン性について興味津々って、従妹の悪ガキから聞いたことあるもん。私一人っ子だからよく分からなかったけれど」

 くそぉ悪ガキめ、男子のデリケートな秘密を女子に暴露するんじゃないっ!

「僕はしないです」

 なんて言いつつ、脱衣所に無造作に脱ぎ捨てられてたねえさんのアンダーを見つけて、ひどく動揺したことあるのは事実だけど。それを使したことは断じて無い!

「ホントにぃ? だって、よく漫画とかであるでしょ? 美人なお姉さんの下着を盗んで、使する弟とか──」

「って、どんな漫画ですか! ていうか、そんな漫画(成人)読むんですか!?」 

「なんかよくあるでしょ、そういうの、深夜のアニメとかにも」

「し、知りませんよ」

 知ってるけど。

「ほんとかなぁ。でも、そんな事言って、弟クン、実際にはちゃっかりおっきくしてるし。ソレ。私、生まれて初めて触っちゃったよぉ。男の子のソレ。びっくりしちゃったわ。でも、ソレってそんなに固くなるのね。まあ、元がどんななのかも、よくは知らないけど」

 うぐぅ、それを言われると、もうぐうの音も出ない。

「や、やめてくださいよ、生々しい。というか、触られたの僕も初めてですよ」

「あっ、私でごめんねぇ、弟クン。でも事実として、それって、ほんとうに性的に興奮してるってことでしょ? ねえ?」

 あー、ヤバい。生まれて初めて女性に、僕の股下の相棒たるを触られたとか、そう考えると──、がさらに羽目を外して、暴れ出してしまうじゃないですかっ! 明石先輩!

 

 この時僕は、をなんとか抑え込もうと抱えている両膝をさらにグッと胸の方に抱き寄せて、さらに体を縮こまらせたのだった。──が、それは些か逆効果だったかもしれない。


「あらぁ? どうしたの弟クン、なんか顔赤いよ? まさか色々お姉さんの事とか想像したら、さらに興奮してきちゃったの? やだ」

「ち、違いますよ」

「いいえ、図星ね。ねえ、もう観念しなさいよ。私だって言ってみればお姉さんみたいなもんなんだから、家族と思って素直に話しなさいよ。男の子なんだから、別に恥ずかしいことでもないでしょ? 性に興味を持つのは自然な事よ、それに生理現象なんだから」

「そ、そんな口車には乗りませんよ」

 上手いこと言って、というか、明石先輩の方こそ実はに興味津々なのでは!?

「ねぇ弟クン、ホントはぁ、そんな制服着てお姉さんと同じ格好して、そっくりになって、アレ、てみたいとか、考えたでしょ?」

「うぐっ」

 アレ!?

 とにかくこの場は、さりげなくやり過ごそうと考えていた僕だが、明石先輩の余りの内角をえぐるような変化球に、思わず変な声が出てしまった。僕の口からも、股間のの口からも。


「お姉さんの制服を着てぇ、お姉さんそっくりになってぇ、思春期男子の夜の独りの営みってやつ? てみようかなぁ、とか、ホントはさっき教室の前で考えてたでしょ? ねえ!」

 こ、この人、なんでそんな僕の心の奥底に潜むタブーを、僕自身も直視できないイケナイ欲望をピンポイントで突っ突いて来るのか!?


「あっ! そうよ、そうっ! おっきくしてるのバレたんだし、ねえ弟クン、ここでアレ、て見せてよ」

「ええええっ!」

「そういう格好するのが好きってことは、実は見られたいっていうのも、あるでしょ? ねえ!」

 なっ、なんなんだこの人──

「せっかくだからぁ、私が見ててあげてもいいよ。ねえ、どうよ。どうよ弟クン!」

 ヤバイヤバイヤバイ。明石先輩も、股間のもっ! 

「私も、正直興味あるし。男の子がどんな風にアレするのかとか。私も実のお姉さんみたいな付き合いだし、姉弟みたいなもんでしょ、いいでしょ?」

 実の姉でもそんなの見るかーっ!!

「で、出来ませんよ! そんなのーっ!」

「えー、そんな格好して、おっきくして、私に触られたんだしぃ、もういいじゃない、ここはパーっと、自分を曝け出して見なさいよ、パーっと、ほら、ねぇ?」

 なっ、なんなんだこのスケベな先輩は!

「イッ、イヤですっ!」

 というか、なんで明石先輩に僕の究極のプライバシーを曝け出さなきゃならないんですか!

 恥ずかしいにも程がある!!


「もう、じれったいわねぇ!」

 と明石先輩はさらに僕ににじり寄ってきた。

「えっ?」

「じゃあ、ほら、見るだけ、ね? いいでしょ、ソレ、ただ見るだけだからっ!」

 と言って、僕のスカートを捲し上げようとしてきたのだった──。

「げっ! ちょちょちょ、ちょっとまって明石先輩! やめっ、そんな、だめですよっ! 明石さん!」

「なによ弟クン、ただ見るだけだから、て見せろって言ってるんじゃないの、見るだけ。おっきくなってるの、見てみたいのよぉ。触らないから。ねえ、私も実の姉みたいなもんだしぃ、いいでしょ、それぐらい。見るだけだってば!」

「いやいやいや、世界のどこに弟のアレを見せろっていう姉がいるんですか! しかもおっきくしてるところの!! 変な漫画(成人)の読み過ぎですよーっ! そんな姉いませんよ!」

「残念そんな姉はここにいるのよっ! ほら、観念なさい。暴れない!」

 や、やめてぇーっ! 明石先輩に襲われる! がしかし、股間のはビクンビクンと尾っぽ振るワンコのようにウェルカム状態だとぉ、貴様! ねえさんに見られるならともかく──、って、あれ? ねえさんには見られたいと、僕は──。


「ぎゃぁー、やめてください、明石さん! ちょっ、それは、あっ──」

 恰好をしているせいか、僕は上手く抵抗できなかった。女生徒用制服を着ているというだけで、こうも動きが普段よりもぎこちなく、弱弱しくなるのか。スカートを捲られた刹那の及び腰、秘部を強襲されたその危機感。女装という艶やかかつきらびやかな所為に僕は完全に呑まれて、男子としての戦闘力は著しく損なわれていた、ように思う。


 両足を明石先輩にマウントで抑えられ、スカートは最早完全に捲られ、ボクサーパンツの裾をガッチリと握られ、一気にずり下ろさんばかりに力一杯引っ張られている。それをなんとか防ごうと、僕は両手でパンツの口を藁にも縋る思いで掴んでいた。


「犯されるぅーっ! セクハラですよ、犯罪ですよーっ! 明石さん!」

「なに言ってるのよ、ソレをおっきくして! 喜んでるんでしょ、弟クン! さあ、素直になりなさい! 自分の欲望に、性に素直になりなさーい!」

「てか、明石さんが素直過ぎるんですよ! 自分の欲望にぃ!!」

「あー駄目ねぇ、スカートの下がボクサーパンツだなんて、ちゃんと大淀のショーツ穿いてこないと。弟クン、まだまだ甘いわね」

「なに言ってるんですかーっ!」


 あっ、マズい、てか明石先輩の腕力ハンパないっ! パ、パンツがぁー、裂けるーっ! 

 

 と思ったその刹那、


 ガンガンガンと美術室のドアを無造作に叩く音が響いた。


「おーい、そろそろ部活延長時間終了だぞ」

 と言って、ガラリとドアを開けたのは、体育教師のゴリ先だった。

 

 咄嗟に立ち上がり、僕から離れる明石先輩。僕も何事もなかったように、さっとはだけたスカートを直して、床にぺたんとお尻をつけて座った。俗に言う女の子座りで。

 

 もしかして──、見られた!?


「ん? 明石、なにしてんだお前ら」

 と、その無骨なゴリラのような顔をさらに無骨に歪め、神妙な面持ちで問いかけるゴリ先。


 僕は終わったと思った。


 最も恐れていたこと、教師と出くわしてしまったのだ。


 流石の股下のも、蛇に睨まれた蛙の様に一気に縮こまってしまった。まあ、どちらかというと、の方がもとは蛇っぽいんだけど。



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