第2話 姉と制服と僕

 

 僕は嘘が嫌いだ。

 

 嘘をついている人の特徴として、まず第一に、いつも以上に饒舌になるというのがある。

 なるほど確かに、嘘がばれないようにと、あれこれぺらぺらと喋り、相手に隙を見せないようにする訳である。ついた嘘を誤魔化すため、真実味を持たせるために嘘で嘘のストーリーを塗り固めていくわけだ。

 

 実に分かりやすい。


 因みに、僕はいま体育の授業中で、ぺらぺらとお喋るする時ではない。もちろん僕は嘘なんてついていないし、つく必要もない。疚しい事など一切ない。与えられたフィールドで、プレーに専念するだけだ。

 ただし、清廉潔白であるにせよ、を「誤魔化す」というのは、今の僕には少しばかり無視できない。

 

 そんな訳で僕は、とりあえずジャージ(下)を穿いてキーパーに専念したのだった。

 ねえさんの体操着ブルマは穿いてないけど。

 

 体育授業、男子によるフットサル紅白戦。本心では全くやる気のない僕とは裏腹に、体操着に残るねえさんのフレグランス(フェロモン)にあてらてた股間のは、終始興奮気味。凸として戦闘態勢を崩さなかった。そんな彼をため、わざと滅多矢鱈とアクティブに動く僕。いつも以上に多弁に声を掛けあい、多分にバックパスをもらい、ペナルティエリアを外連味たっぷりに駆け回る。結果、思いのほかスーパーセーブを連発してしまい、勝利に大きく貢献したのだった。


 股間の膨らみを誤魔化し通した僕にとっても、これは大勝利である。


 ──そして放課後、即下校した。


 なにはともあれ、ハプニングは無事に終息した。というか、ねえさんのフレグランスがふんだんに染み込んだ体操着を、そのまま僕が次の体育で着るという、ある種フェティッシュな、ラッキースケベ的ハプニングであり、寧ろ非常に貴重で幸福な一日だったと思う。ああ、これぞ青春なのか。

 

 その帰り道、

「まさか、ほんとうにジャージを穿いてキーパーに専念するとは」

「うるさい、別に疚しいことは何もない。ブルマも穿いてない。僕にはキーパーの才能があった。きっちり結果も出した」

「なるほど。しかし、運動部に入っていない帰宅部の俺らには、体育は体を動かす貴重な時間だ。そういう意味では、フィールドプレイヤーの方がよかったんじゃないか?」

「何を今更、皮肉かよ。そういうお前もキーパーだろっ」

 そう、木曾の奴も相手チームのキーパーをやっていた。

「俺は運動が苦手だ。体力、脚力、それにボールを蹴る技術の必要なフットサルなんて、無理に決まっている。極力チームに迷惑のかからないポジションを選択したまでだ」

「ゴールを守るキーパーが、勝ち負けでは一番重要なポジションだろ」

「勝ち負けではな。でもこれは体育の授業だし、フィールドプレーヤーの野郎達にとっては勝つことよりもパスを回したりシュートを打ったり、自身のゲーム内容の方が重要だろう? そこで楽しくプレーできたかどうか」

「そんなもんかね──」

「そんなもんだよ。それに、たかだか体育の授業。いや、されど授業だ。最も重要な事を忘れている。クラスの女子達が遠くからチラ見してるだろし。きっと」

「チラ見て、──何が言いたいんだよ、お前」

「女子へのアピールさ」

「なっ」

 そう、女子はテニスコートでキャッキャキャッキャとテニスであった。

 異性を求めはじめる時期か──。


「てゆーか、そもそもお前も帰宅部だし」

「まあな」

 ふん、結局はアピールするモノが無い者同士だ。


「しかしなぁ、そろそろ何か課外活動、やること決めないとな。健全な男子高校生として、一応は何かしらやらないと、とは思っているんだけど」

 とは言うものの、そもそも僕はねえさんと楽しく学園生活を送れたらそれで十分満足なので、図書委員になりたいのだ。だが、ねえさんが許してくれない。


「大淀、お前のお姉さんと同じ図書委員でいいんじゃないのか? 俺は寧ろ、そうしたいと考えているんだが、楽そうだし」

 な、なんだと木曾てめぇ、ぬけぬけと。

「それが、ねえさんが許してくれないんだよ。兄弟で課外活動も同じでは変化に乏しいだの、文化部でも運動部でもいいから、もっと対外的に活動範囲の広いアクティブなクラブ活動をしろってね」

「ほお? あのお姉さんがそんなこだわりを。ああ見えてお姉さん、少し変わった所あるからな」

「変わった言うな。てか、お前にはどう見えてんだよ!」

「類い稀なレベルで弟思いのいいお姉さんだ。で、つまりは、可愛い子には旅をさせよ的なあれか」

「ふんっ──、そりゃどうも」

 こいつも一応、馴染んではいないが分類上幼馴染ではあるので、ねえさんとの付き合いはそれなりにあり、長い。

「とはいえ、今更運動部はなぁ、出遅れ感が否めない。と言って文化部も──」

「薔薇色の学園生活を夢見ているんだろう?」

「薔薇色? この僕が? いやいや、そんなわけないだろ。てゆーか、そもそも全国大会目指してるような強豪の運動部も、世間に名のある文化部もない、部活でこれといった特色なんて何一つ無い、お嬢ちゃんお坊ちゃん学園だぞ、ここは」

「だからだよ。逆にゆるーく気楽に薔薇色の学園生活を送るには、最適だろ?」

「ゆるーく気楽な薔薇色ってなんだよ」

「例えば、ゆるーい部活の先輩後輩、女子マネージャー、なんでもいいが彼女をつくって高校デビュー。部活後の校門での待ち合わせ、手を繋いで仲良く下校、週末はデート、中間期末テストは一緒にお勉強、おもに保健体育とか? そして夏休みは海に合宿にBBQと水着回──」

「アオハルかっ! てか、ラブコメかっ! そんな簡単にソレが出来たら、人類は世界平和達成だよ。僕は昔から色気より食い気だったんだよ。こちらに選択権も無くな」

「フッ、そうだっけ? ご愁傷様」

「木曾てめぇ──」

 

 恋や恋愛に興味が無いわけではないのだ。だけど、結果的に、結論からして、中学時代の僕が求める充実したスクールライフというのが、そうならなかっただけなのだ。でもこれはきっと、高校生活でも続くと思う。異性を求め始める青春真っ只中だが、僕の恋愛ベクトルは、方位磁石のように、常に一点を指している。そう、それはもう物心ついた時からそうだったと言える。僕とねえさんは常に一緒にいたのだ。そして誰よりも──、母以上に慈愛に満ち、父以上に厳明で、友以上に友愛で、近所のおばちゃん以上に人情に厚く、親戚のおじさん以上に剽軽で、そして恋人以上に優しい。──ただ、恋人という存在がどんなものかは、想像の域を出ないが。


 それが当たり前だったのである。他に目が向くはずもない。

 

 が、


 ちょっとまて、こうなってくると、僕もこの木曾の奴と同じく、恋愛なんて興味ない的な、クール&ニヒリズムを決め込む、気障なムッツリ野郎になってしまうではないか? には。


「寧ろ、もう恋愛なんて興味無いね。ってことなのか?」

「そういうわけではない、てか! それは木曾、お前だろ? お前の気障なニヒリズムだろ!」

「フッ、心外だな。興味が無いとは言っていない。ただ、ソレに対して無闇に行動するのが馬鹿馬鹿しいと言ってるんだよ。恋愛はひとりでは出来ないだろ?」

「あたりまえじゃないか」

「相手がいなけりゃどうにもならないことに、あれこれと思いを巡らすなんて、非効率的じゃなか? それに恋する相手を探したところで、その相手がこちらに好意を寄せるとは限らない。それこそ、不確実性の最たるものだ」

「非効率とか、不確実性とか、恋愛は物理や数学の理論じゃないだろ」

「もちろん。だが人間の活動エネルギーには限度もある」

「でも、一歩踏み出さないと何も始まらないぞ。じゃあ、なにか? 女神様が舞い降りるのをひたすら待つだけというのか?」

「運命の出逢な」

「なっ! 嘘だろ? お前の口から運命なんて言葉──」

「なに、そもそも恋愛なんて、俺には縁遠い。足掻いたところでどうにもならない。だからせめてロマンチシズムでいようというわけさ」

「ニヒリズムじゃないのかよ?」

「そう見えるなら、それでいいよ。で、大淀、お前はどうなんだ?」

「いや、僕は、──むむむ」

 

 いや、そもそも、ねえさん以外の異性を好きとか胸キュンとか、意識したことなどない。普通ではないのかもしれないが、普通の女のコを好きなるということが、今更ながら僕にはよく分からない。


 僕のねえさんへの愛は本物だ。これは正常ではないかもしれない。だが、ざっくり括れば、それは兄弟愛でもある。は。


 恋愛を考え出すと、いつも思考が僕の心の深淵に向かう。ここを掘り始めたら、痛みしか出ないような気がするので、ひとまず止めておく。


「僕は、大いに恋したいと思っているさ!」

「お! 潔く言ったな、大淀」

 

 正直に告白すると、僕は、本当は恋愛をしてみたいのだ。思春期男子として当然のことだ。というか恋はしている。常に! ああ、何故ねえさんは姉さんなのであろうか。ねえさんが実の姉でなく、近所の綺麗なお姉さん的存在の他人だったならば。或は百歩譲って従妹でもいいだろう。なぜ、血の繋がった実の姉という、最大のハードルを神は与えたもうたのかっ! いや、この嘆きも、もそもそも本末転倒か、ねえさんは姉さんだからこそ、常に一緒にいたのだから。


「──むむむ」

「おい、急にどうしうたんだ?」

 煩悶が声に出ていた。

「いや、なんでもない」

 マズいマズい──。


 ラッキーな一日のはずが、予期せぬ木曾の奴の恋愛談議によって、微妙な心持ちになってしまった。


 そして、我が家。


「ただいまァー」

 と、玄関を開ける。なにはともあれ我が家である。ここには僕の女神がいる。もう何も臆することはない。もうあれこれ思い悩むのは止めよう。今日はおそらくねえさんが先に帰ってるし、気の利いたスイーツの一つや二つ用意してくれているかも、なんて。つまり、ねえさんの趣味の一つがお菓子作りである。これがまた、僕を甘々に堕落させる。

 

 玄関に腰を下ろし、まだ履き慣れない革靴を脱いでいると、やはりねえさんがすたすたとやってきて、出迎えてくれた。ああ、ねえさん、これだから素敵だ。この僕が他になにを望むというんだ? これ以上の幸せはないだろう。出来ればこのままふわっとその胸に抱きしめられたい。──なんて考えているなんて絶対に悟られてはならない訳で、やはり僕は道を外れているのだろう。


「あ! たっくん、私の体操着、持って帰ってきてくれた?」

「え?」

 はっ、なに?

「体操着よ」

「体操着? ねえさんの?」

「あれ? 持って帰って来てないの!?」

「やべぇっ、──ていうか、あれ? そもそも体操着はねえさんが──」

 体育の授業の後、僕の机には、すでにねえさんの体操着袋は掛かっていなかったような──。

「たっくん、忘れたのね? やっぱり、私が教室に取りに行った方がよかったわ」

「体操着を取りに?」

 あれ? そんなはずでは。てっきりねえさんが持っていったものと──? 放課後、帰る直前も確かめたが、確かにその時、すでにねえさんの体操着ブルマの入った体操着袋はなく、僕のだけだった。

「いやいやいや、ねえさんが持っていったんじゃないの? あれ? だって、体育の授業の後ねえさんの体操着はもう僕の机には無かったよ。確か」

「え、うそぉーっ?」

 いや嘘じゃないし。


 ──それからしばし、二人で考えた。


 が、二人の言い分は食い違い、そして納得のいく答えは見つからなかった。

 やむなく木曾の奴に連絡して、放課後の僕の机まわりの様子を確認するも、確かなことは分からなかった。


 さて、どうするか、


「てゆーか、木曾! なんでお前がウチに来てるんだよ」

「お姉さんの体操着がどうのこうのと、電話をかけてきたのは大淀の方だろ?」

「いや、そうだけど」

 遺憾ながら、こいつの家はウチから徒歩1分の距離だった。

 

「ねえ木曾くん、ほんとうに帰る時には私の体操着、たっくんの机に無かったの?」

「そうですね。確かに無かったです。はい」

「そう。うん、困ったわね。どういうことかしら」


 さて、どうするか。いやまて、これは結局のところ、僕の勘違いかねえさんの勘違いか、そのどちらかだ。僕の机に無かった線は、木曾の証言で固まった、つまりねえさんが自分の机に忘れて来た可能性が高い。だったら学校へ取りに戻ればいいだけのこと。自宅から学園まで、たかだか歩いて20分弱だ。どうということはない。

「これ以上考えてもしょうがないし、それじゃ僕が学校に戻って、持って帰ってくるよ」

「ええ? でもたっくん、」

「お姉さんの体操着は、お前の机には無かったじゃないか?」

「いや、そうだけど、でも、ねえさんも持って帰ってきていない以上、僕の勘違いかもしれないし」

「いや、俺はお前の机の体操着袋をちゃんと確認した。お前は、机に掛かっていた一つの体操着袋をを持って、そして教室を出た。そのほかにはない。間違いない」

「なんだよ木曾、そんな大げさに断言されても、って、お前は探偵ドラマの証言その1かよ。そんなこと言っても、現に、今ここに、ねえさんの体操着は無いんだし、取りに戻るしか──」

「でも木曾君がそう言うなら──」

「いや、ねえさん!? てゆーかね、ねえさんの勘違いかもしれないでしょ? だからねえさんの教室も見てみるよ。そうだよ、きっとねえさんの勘違いで、自分で体操着袋を持っていって、そうしてうっかり忘れてきたんだよ」

「え? うそぉーっ! いいえ、そんなことないわ。私はたっくんの教室に一人で入って、勝手にしれっと体操着を持っていくなんて、そんなことしてないわ」

 いやいや、僕の体操着姿のまま教室にしれっと入ってきたのは誰ですか!

「だって今手元に無いんだから、結局僕か、ねえさんか、どちらかの勘違いしかあり得ないだろ?」

「うーん、でも、おかしいわねぇ」

「いいや、それは違うぞ大淀。もう一つある! 或は、盗まれたかだ」

「えっ、はっ? 盗まれたっ!?」

「ええっ!? うそぉーっ!」

「まさか──」

 まさか、ねえさんの体操着ブルマを! ──てか、いやまて、そんなことがっ、


 有り得る!! 大いにありうるっ!! そうだ、神聖なるねえさんの体操着ブルマなのだから!


「まさか、ねえさんの体操着を──」

「そんな、なんでぇーっ?」

「そんなこと、信じたくもないし、許し難い! が、しかし、でもこれは、有り得るかもだぞ、木曾!」

「やだ、そんなの盗む人なんているの? なんのために!?」

「なんのためですって、お姉さん、それはですね──」

「おぉい木曾っ! みなまで言うなっ! ねえさん、あれだよ、男子のいわゆる思春期だよ、思春期のアレ!」

「アレ? え? うそぉー、そんな、信じられないわ。下着ならともかく、体操着だなんて──」

「って、おーいっ! 下着とか言わないで、ねえさん!」

「だって、年頃の男の子なら、女の子の、興味を抱くんでしょ。ねぇ、そうでしょ? 木曾君」

 突然振られて、面食らったような顔をする木曾。珍しく少し動揺している。

「えっ、あ、まあ、普通の男なら、そうでしょうね」

「オイ木曾、普通の男とか、答えるな! てかそれ普通なのか?!」

「そうよね、年頃の男の子なら、女の子のショーツに興味が湧くもの。お姉ちゃんだってそれくらい知ってるわ。そうよねたっくん。でも体操着だなんて、──きっと犯人は、変態よ!」

「ショーツでも普通に変態ですけどっ!」

「なるほど。犯人は変態体操着ブルマフェチだな。間違いない」

「お前ら、勝手に妄想膨らませて、てかもう犯人がいることになっている?」


 いやまて、少し冷静に考えてみよう。


 まず盗難説を客観的に考察すると、図書館のほほ笑み美人で有名なねえさんだし、その体操着ブルマやら制服やら、そして、神聖なる下着を狙う変態思春期どもがこの学園にいても、なんらおかしくはないだろう。てか、素直に白状すると、欲しくなるその気持ちは、不肖この僕にも分かってしまう。

 が、しかし、本当にその線がこの事件の真相か? ねえさんはすでに一年以上この学園に在籍していて、これが初の出来事、それが、このタイミングで? 唐突過ぎるのでは? いや、それとも、これは不幸にも、僕の机にその神聖なるねえさんの体操着ブルマがたまたま掛かっていたからこそ、起きてしまったことなのか? では犯人は、クラスメイト?


「うーん、でもそうね、考えても分からないし、たっくんの言うように、どちらかの勘違いかもしれないし、それに仮に盗まれたとしても、男の子のが済めば、元の位置に戻してくれているかもしれないし、やっぱり、お姉ちゃんが取りに行くわ」

「ええっ!? ねえさん!? てゆーかっ!! 男の子の用事が済めばてぇっ!!」

 ほんとに意味わかって言ってるの? てか、ねえさん!? いつの間にこんなに大人びたお姉さんに!?


「いいや、それは良くない選択ですよ、お姉さん」

「え? どうして、木曾君?」

「最悪を想定して、仮に盗まれたとします。ということは必然的に、犯人はお姉さんの言うように、体操着ブルマフェチの変態。しかも、ただの変態ではない。ただの体操着ブルマフェチなら、その変態の獲物たる体操着ブルマは学園に山ほどあります」

 お前、変態変態言い過ぎだろ。

「確かに。あれだ、木曾! 体操着ブルマといっても、女子のなら誰のでもいいってわけじゃないだろ? 思春期男子なら、つまり──」

「御名答。そう、誰の体操着ブルマでも良い訳ではない。きっと極上の獲物ブルマを狙ううはず。例えば、昨年の学園祭ミスコン優勝者、水泳部のエース長門さん、或は才色兼備の絶対君主、生徒会長金剛さん、或は弓道部部長加賀さん、副部長の赤城さんも捨てがたい──」

「オイッ! なんの話をしてるんだ? お前一体誰だよ! てか、お前が変態っぽい!」 

 クール&ニヒリストがどこ行った?

「例えば、の話しだよ。以上は学園の人気女子生徒ランキング上位陣だ」

「あれれ、木曾君て、まだ入学して一ヶ月程度なのに、よくそんなこと知ってるのね?」

「単なる情報です。学園裏サイトを覗けば、いっぱい出てきますよ」

「学園の裏サイト? そんなのあるの!? うそぉーっ!」

 なんで二年目のねえさんが知らないの!? 僕でも知ってるのに。

「ねえさん、疎すぎだから、そういうの。いや寧ろそれでいいかも。てか、寧ろ知って欲しくないけど」

「で、それら裏サイトの情報だけですが、容姿端麗な女生徒が多いと巷で評判のこの学園において、体操着が盗まれたなんて事件、僕が見た限りでは無かったと思います。これはつまり、お姉さん、犯人は、あなたを狙い撃ちできたのです!」

「えええっ! うそぉーっ!?」

「なっ、なんだとぉっ!! ねえさんの体操着ブルマを狙い撃ちとはいい度胸だっ!!」

「或は、犯人は単なる体操着ブルマフェチではなく、寧ろ、お姉さんのモノなら何でもよかったのかもしれない。つまり犯人は、大淀の

「なっ! 木曾おまっ! まっ、まさかっ!!」

 なんてこと言うんだ木曾! ──というかそれって、つまり僕? と考えてしまった僕に罪は無い。何故なら僕は盗んでないっ!


「うっ、ウソよね? ちょっと木曾君、そんなに脅かさないで」

「と、いうのは言い過ぎかもしれませんが、その可能性も否定はできない」

「そんなの、ウソよ。いやだわ。うーん、困った」

「だからですよ。この夕刻に、お姉さんが学園に独りで取りに戻るのはリスクが大きい。危険ということです」

 やや荒唐無稽な推理ではあるが、木曾、ここにこうしてねえさんフェチが約1名、確かに存在しているのだから、その線があり得なくもない。


「じゃあ、僕も一緒に行くよ、ねえさん。てゆーか、無茶苦茶な推理をぶち上げた木曾、お前も来いよ!」

「まあ、それでもいいが、仮に体操着ブルマを元に戻されている場合も考慮するとだ、まだ犯人が学園に残っている可能性も出てくる。となれば、ここは一つ、鎌をかける、いや、罠を掛けるというのはどうだろう?」

「はぁ?」

「犯人は大淀お姉さんフェチ。ならば、大淀お姉さんが放課後遅くのこの薄暗い学園に独りでいると、相手は何らかの行動をとるかもしれない。なんらかのアクション、アプローチが、これは犯人を特定するチャンスでもある」

 アクション? アプローチってなんだよ!

「てかお前っ! ねえさんを犯人を捉える餌にするってことか!? 貴様ぁ」

「餌というか、囮捜査だな」

「そんなの、危険だろ! 痴漢行為に発展したらどうすんだよ! お前、さっきねえさんが学園に取りに戻るのは良くないって──」

「だから囮捜査だよ。大淀お姉さん本人が囮になる必要なないだろう」

「はあ? じゃあどうするんだよ?」

 木曾お前、もう完全にふさげてるな。中学生じゃあるまいし、悪ふざけもいいとこだ。

「あっ! 分かったわ! 木曾君、つまり私の代わりに、が私そっくりの囮になればいいということね」

「御名答。そうです! 大淀お姉さん」

「はっ? え? なに?」


 ──それから僕は、有ろう事か、木曾の奴の無茶振り口車に乗せられ、というか寧ろ、ねえさんが乗せられ、そしてねえさんのやや天然かつお茶目な悪戯っ子的ワルノリも手伝って、


 そんなわけで、体操着ブルマ窃盗犯捜査の囮、つまり、ねえさんの身代わりになることになってしまったのだった。


 

 僕は、姿見に見入る。


 全身がすっぽり映る大きな姿見を前にして、やや困惑した表情のねえさん、ではなくっ!! 僕っ!!


 ほぼ実寸大、ねえさんそっくりそのままの、ねえさんのような人物。鏡の中の不審者と見つめ合った。


 学園制服を流麗に着こなし、ボトムスはもはやお飾りなのかと思うほど短い丈のプリーツスカート。すらりと伸びたニーソックス、秘すれば華なりの絶対領域も眩しい。その困惑した瞳に凛とした知性感じる眼鏡。つややかな肩を越すロングの黒髪。


 あぁねえさんっ! ではない、何をやってるんだ僕は。


 がしかしっ!


 これは、これで、何かが来るのだった。僕の心に、股下の彼に、確実に何かが込み上げて来るのだった。ねえさんへの憧れ、想い、勿論それは有る。そして、僕のエゴイズム、男子としての思春期の性的衝動、だけでない、も。


 でも、その全貌が何なのか、まだその時の僕には分からなかった。








 





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