73 漢詩を学ぶ ≪1≫



 3年半も楽しく通ったカルチャーセンターの『史記を学ぶ』という教室がなくなって、さみしい日々を過ごしていた。


 私は引きこもり老婆なので、用事がなければまったく外出しない。

 家の中での生活に退屈はしていないのだが、なぜかそれでも精神が倦みはじめる。鬱々し始める。


「時々はお洒落して、出かけなくちゃ」と思っていた時、リニューアルしたデパートが新しくカルチャーセンターを始めるという新聞のチラシを目にした。


 その中の講座の1つ『漢詩を楽しむ』。

 これだと思った。月に1度というのも出不精な私にはちょうどよい。




 ……ということで、『漢詩を楽しむ』という教室に通い始めて半年になる。


 講師は現役の大学教授だ。

『史記』は退官された名誉教授だった。


 でもでも、通うほどに『史記』の講座が懐かしい。


『史記』は2千年前の人物たちの活躍が目に見えるようで、そしてそれ裏づける講師の中国史探訪の話も、ほんと面白かった。


 しかし漢詩は、いまは李白なのだけど、その詩の内容は、酒と友と美女と美しい光景ばかり。(李白はアル中だったのではないかと思う。あまりにも酒の絡む失敗が多すぎる)

 現代人の私は酒の勢いを借りて詠んだ詩は、基本的に好きになれない。


 そして、詩の中にいっぱい出てくる美女。

 天下国家を論じる男の傍らによりそう見目麗しい美女。

 どのように美しいのかというと、それは咲き誇る<牡丹の花>に例えられる。


 でも、女流詩人が「イケメンよ、イケメンよ。ああ、あなたは大きな木のように逞しい」と連呼したら気持ち悪いと言われるだけだろうと思うのだけど。(笑)




「これでは、いま書いている中華ファンタジー小説の参考にならないなあ」と、毎回、悶々としながら聴講していた。


 しかし、半年目にして、「ああ、この漢詩に描かれている世界観が、いにしえの中華の情感というか、情緒なのだ」と、すとんと腑におちた。


 そして前話の『再開します!』で書いたように、いまの私は年齢的に中華ファンタジー小説に使われる特殊な語彙をいくら学んでも、まるで笊ですくった水のように、頭から抜け落ちる。


「もうこれは中華ファンタジーじゃなくて、日本の時代劇でしょう」となっている。


 そこで考えついた。


 語彙がだめなら、情感と情緒を盛ろう!

 次に書く小説は、この『漢詩を楽しむ』という講座で学んだ情感と情緒で、中華ファンタジーらしい雰囲気を作り出そう!




 う~~ん、さてさて、どうなることでしょうか……。





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