58 あさのあつこの『弥勒シリーズ』が大好きだ ≪2≫




 寝転がって本を読むのにも、体力いるのかな……。




 若い頃は、読み始めた本を翌日に持ち込むなんて、考えられなかったし、しおりなんて必要なかったのだけど。


 今では、栞を挟んだ読みかけの本が、何冊も出窓の隅に積んである。

 そのうえに、記憶力も悪くなってきているので、これらの本を再び読み始めようとしたら、内容を覚えていないので、最初から読まないとだめなんだろうな。




 ……、そんなことが頭の中に浮かんだまま、1年半ぶりに読み始めた、あさのあつこさんの『弥勒シリーズ』第9巻、『鬼を待つ』だった。


 しかし、なんとなんと、半日で読んでしまった。

 トイレに立つ時は、テーブルの上に開いた本を伏せて置いたので、栞も必要なかった。(笑)


 久しぶりに大好きな小暮信次郎と遠野屋・清之介の2人を堪能した喜びと、半日で1冊の本を完読した満足感で、最高の日だった。




 私は、あさのあつこの『弥勒シリーズ』が大好きだ。

 その理由は、『弥勒シリーズ』に登場する小暮信次郎と遠野屋・清之介の2人が大好きだからだ。


 いや、恥を忍んで言ってしまうと、私はこの2人に恋をしている。

 2人のことを考えると鳩尾みぞおちあたりがきゅっとすることがある。

 2人が本の中のキャラでしかないことに、いまでも腹立ちに近いものを覚える。


 映画やドラマで俳優が演じるキャラをかっこいいと思うことは、何度も経験してきた。

 しかしながら、その容姿も性格も自分の想像で作り上げる本の中の登場人物に恋をするなんて、人生初めての経験だ。(それも、2人同時に!)




 私は、たぶん、人一倍好奇心が強い。

 そのせいか、自分の体を張っての実験が大好きだ。(笑)


『石の上に3年』をもじって『石の上に6年』が座右の銘であるけれど、『毒を食らわば皿まで』は、これは座左の銘だ。

 そして、転んでも、ただで起きたくない。




 それもあって、カルチャーセンターの『史記』の受講料の元をとるために中華ファンタジーを書き始めた。


 そして、『弥勒シリーズ』で得たキャラに惚れるという感覚の神髄を極めたくて、小説のメインキャラを徹底的に、自分だったら絶対にこの男に惚れる、そして抱かれてみたいと思う、容姿や性格や境遇で書いてみることにした。




 『白麗シリーズ』は、初めて書くエンタメ小説であり中華ファンタジー小説であるのだけど、これは賞も書籍化も視野にない私にとって壮大な時間つぶしの実験だ。


 何度も書くけれど、小説を書くという行為は、私にとって、縫い物&編み物にまないための手段でしかない。


 というより、小説を書くという行為を、それ以上のものにしてはならないと、常に自分を戒めている。


 人生は短い。

 その短い時間を、小説を書くのもその目標として賞を目指すのもいいけれど、小説家になりたいなんていう夢を追うために使うべきではない。

 

 



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