51 傾城とか傾国とか……



 前回で紹介した宮城谷昌光の『妖異記』と『豊穣の門』の2つの短編には、古代中国美女を代表する褒姒ほうじが登場する。

 普段はまったく笑わない彼女が、嘘の敵兵来襲の情報に慌てふためく大臣や将軍を見て笑い、その結果、西周が滅んだという伝説の美女だ。




『妖異記』と『豊穣の門』のどちらも、古い国が滅びて新しい国が出来るという男たちの<国盗り物語り>。


 しかし、私は、傾国の美女である褒姒の描写に興味を持って読んだ。


 自作長編小説『白麗シリーズ』にも、天上界から落ちてきた美しい少女を登場させている。


 彼女は、出会う老若男女をことごとく虜にして、モテまくるという絶世の美少女だ。しかしながら、この美少女の外観を「可愛い」「きれい」「美しい」としか、私は表現できない。


 宮城谷さんなら、美女の外観をどのように書くのだろうかと思った。


 だが、宮城谷さんの語彙力には唸らされたものの、やはり彼もまた、女の見かけの美しさは、「色が白い」「肌がきれい」「目鼻立ちが整っている」「髪が黒々としている」くらいのものだ。


 なんか安心したような、がっかりしたような…(笑)





 そして、幽王はこの美しい褒姒ほうじに一目ぼれして愛妾とする。


 しかしながら、『美女は3日で飽きる』という言葉がある。

 見かけの美しさで権力者に一目ぼれさせても、その後は、男を引き留めておく戦略というものが、意志的にせよ無意識的にせよいろいろとあるに違いない。


 残念ながら、そこのところが、この2つの短編小説にはほとんど書かれていない。

 そもそもが、褒姒は笑わないどころか、感情があるのかどうか。

 

 美しい少女に惚れて献身してしまう老若男女を苦心しながら書いている私としては、参考にしたくてもできなくて残念だった。





 初めに書いたように、西周の滅びる原因は、敵兵来襲を知らせる狼煙を見て慌てふためて駆けつけた大臣や将軍を、笑わない褒姒ほうじが笑ったことにある。


 彼女の美しい笑顔を見たいために、幽王は何度も嘘の狼煙を上げさせた。


 そのために、本当の敵兵来襲の時には、味方の兵が駆けつけなかった。




 しかしながら、西周が敵国に攻め入られた原因は、正妃とその舅を幽王が嫌ったことにある。嫌いな正妃を追い出し、褒姒ほうじを迎え、その子を太子の座に据えた。


 そして、大臣たちはそれを諫めることなく、自分の領地を広げることばかりを画策していた。



 女一人が笑ったくらいで国は滅びない。

 その背景には、男たちの浅ましい権力闘争劇があるのだ。




 そのことを考えると、美女を表現するのに、『傾城』とか『傾国』とか酷くないですか? 『傾城』『傾国』の言葉の中に、儒教の教えに潜む男尊女卑の臭いを感じるのは、私だけですか?


 


 

 


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