第36話 女神様と文化祭 前半

 いよいよ文化祭の日がやってきた。準備は滞りなく進み、何の問題もなく当日を迎えられたことは、結構すごいのではないかと思っている。

 俺達のクラスのコスプレカフェは、全校の中でもかなり注目を浴びているらしく、相当な人出が予想されている。単純に美人が多い上に、穂香と菜摘は彼氏がいるといっても人気がある。玲の場合は女子人気が非常に高い。

 そのため、前日までに準備しておけるクッキーなどは、焼けるだけ焼いておき、当日はパンケーキなどの調理に集中するそうだ。もし余ったら、クラスのみんなで食べたらいいだろう。と、結構軽い感じで決めていた。材料に関してもかなり余裕は見ているらしい。


 そして、肝心のコスプレ衣装だが、一番どうでもいい俺と浩介だが、浩介はさわやかさを前面に出した感じの執事だ。俺から見たら執事というより、ホストにしか見えん。

 俺は何というか、ボディーガードだな。髪をガチっと固めて、強面の人がかけるようなサングラス、黒いスーツ。わざわざインカムまで用意されている。

 俺も最初は執事のはずだった。だが、採寸するときに、鍛えた身体がクラスの女子にバレてしまい、違うのになったのだ。当日も俺の役割は女子のガードだ。変な奴が何人かは絶対に来るだろうと、クラス全員の意見が合ったこともあり、俺がその役割をすることになった。


 女子は全員メイド服が基本なのだが、一人だけ例外がいる――玲だ。玲は男装がいいという意見が大多数を占め、本人もそっちの方がいいと言ったこともあり、男装に決定した。衣装のイメージは王子様だ。

 白を基調とした衣装に淵は金で彩られている。腰くらいまでしかない短めのマントはダークブルーといった感じだ。これはまた、女子ウケしそうな感じである。


「玲、お前、それ似合ってるな。そんなの市販されてるのか?」

「なんだ、誰かと思ったら……君もいい感じに仕上がってるじゃないか。この衣装は、クラスのみんなが作ってくれたんだ。いや~メイド服じゃなくて良かったよ。私には似合わないしね。それに、この格好なら女の子が寄ってきてくれそうだから大歓迎さ」


 この衣装、手作りなのか。すげえな。そして、相変わらずの安定感。


「俺は一応ガードマンだからな。女子が寄ってきても手は出すなよ?見つけたら捕まえるからな」

「おいおい、こんな格好してても私は女だから、女の子に手を出すのは見逃してくれないかい?せっかく他の学年の子とも仲良くなれるチャンスなんだからさ」

「ダメだ。却下。もしかしたらお前が一番危ないんじゃないか?」

「そんなこと……おっ」


 玲との会話中に突然女子たちの黄色い声が上がった。何事かと思ってそちらを見ると、お姫様がいた。ピンクと白のコントラストが綺麗なドレスを着ている。あれ?クラスにあんな女子いたか?


「本日のメインディッシュの登場だ」

「おい、あれって誰だ?それにメインディッシュって……食べたらダメだぞ」

「何を言っているんだい?恋人同士なら食べてもいいじゃないか」


 恋人同士?ってことはあのお姫様は守か?いや、あれ普通に可愛いぞ。ひいき目無しで穂香と菜摘の次くらいには。まさかの女装とは思わなかったが……いや、守も執事の予定だったはずだ。


「守なのか?守も執事の予定だったはずだが?」

「ああ、最初はな。ただ、女子の間で守にメイクして女装させたら可愛くなるんじゃないか、という意見が出てね……私が頼み込んで実現したのだよ。ちなみにあのドレスは、中古のウェディングドレスを改造したらしいよ。さて、私も今のうちに守を愛でてくるとしよう」


 そんなことを言いながら上機嫌で玲は守の方へ向かって行った。さすがに今、守に声をかけるのは可愛そうなので後にしよう。しかし、あいつ多分そこら辺の女子より腰細いな。


「優希さんですよね?そのサングラス、結構似合ってますね」


 声をかけてきたのは菜摘だ。菜摘もメイド服なのだが……猫耳と尻尾がある。似合いすぎだろ。


「菜摘……その耳と尻尾はどうした?」

「これは浩介さんの案です。どうですか?似合いますか?」


 そう言って、くるっと1回転してくれた。そうか、浩介の案か……グッジョブだ。


「ああ、ビックリするくらい似合ってるぞ」

「ありがとうございます。優希さんが素直にほめてくれるなんて珍しいですね。今日の天気は晴れのち槍でしたか……ところで、尻尾ばかり見てますが、そんなに気になりますか?」


 菜摘の着けている尻尾は、スカートに穴を開けて出しているみたいだが、触ってもないのに動いている。これは誰が見ても気になるだろう。


「ああ、何で触ってもないのに動くんだ?」

「もちろん動かしてるからですよ。どうやってるかは秘密です」

「そんな風に言われたら余計に気になる」

「……優希さんになら、見せてあげないこともないですが……恥ずかしいので……ちょっとあちらの裏の方へ行きますか?」


 菜摘が頬を赤く染めて、俯きながらモジモジしている。こいつのこんな姿は新鮮だが、何でこうなるのかわからない。

 見せるということはスカート捲ってってことだろ。そんなことしないはずだし、俺の反応を楽しむための罠か?

 そうだとわかっていても、美少女に目の前でいきなりこんな事されて、ポーカーフェイスを貫けるほど俺は強くない。


「お、おい、菜摘。お前……冗談はそれくらいにしておけ」


 俺は多少動揺しながらも、努めて平静を保って言った。ただし、顔は赤くなっているはずだ。


「……もっと動揺してもらえるかと思いましたが……やはり、私では魅力不足ですね。残念です」


 そんなことを言いながらも、ちっとも残念そうじゃない。そんなに簡単には騙されんぞ。


「お前なぁ……」

「今度はもっと激しく誘惑させてもらいますね」

「いやいや、しなくていいから……そういうのは浩介にしてやってくれ」

「浩介さんはですね……私が何やってもデレデレなので、面白くないのですよ」


 あ~それは納得だ。よくわかる。


「かといって、他の男子にはしたくもないですし、勘違いされるのも嫌なので……」

「それで、俺か?俺が勘違いして本気になったらどうするんだ?」

「優希さんならいいですよ。ただ、穂香さんがいるので、愛人にでもしてもらえますか?」


 冗談のはずなのに、菜摘の口調が冗談に聞こえなくさせている。


「ダメだダメだ。穂香がOKしたら考えてやろう」

「……わかりました。先に穂香さんを落としてきますので、楽しみにしていてくださいね」

「……なぁ、菜摘……全部冗談だよな?」

「ふふ……」


 いつもの悪戯っ子の菜摘の顔だ。ニヤニヤしながら近付いてきた。


「真面目な話……半分は本当ですよ?」

「は?」


 すれ違いざまに耳元でそう呟いて、菜摘は向こうへ行ってしまった。俺はフリフリされてる尻尾を眺めながら、しばらく呆然としていた。

 いや……半分本当ならヤバいだろ……最近の菜摘はこういうの増えてきてる気がする。

 浩介と上手くいってないのか?そんな話は聞いてないし、二人を見てる感じ、そんなことはなさそうだ。

 単純に俺をからかってるだけか……あ、まさか欲求不満とかか?違ってたら殴られるな。とりあえず、このことは考えないようにしよう。

 まだ、始まってもないのに、もう疲れてきたんだが。

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