第19話 女神様の秘密
今、穂香が入浴中だ。あの後、なんとか復活した俺は、先に風呂に入り、ソファーに座って平常心を取り戻そうとしていた。
ただ、穂香の言う大事な話というのは何なのか?それがずっと気になっていた。おそらく、
――誰とも付き合わない――
それに関係することだと思うが。
「ユウ君……」
「ぁ……」
部屋に戻ってきた穂香を見て、俺は思わず言葉を失った。この前と同じピンクのパジャマを着ていると思っていたからだ。
「おい、穂香……」
だが、この時はバスタオルを一枚巻いただけの姿。
風呂上りのためか恥ずかしさのためか、上気した表情は普段よりも色気を感じさせるものがある。ほぼ全部がむきだしの腕や足は、わずかにピンクに色付き、風呂上りであることを強調させていた。
「こんな格好でゴメンね。ユウ君、これから話すことを聞いてほしい。少し長くなるかもしれないけど……あのね、男性も女性もだけど、外見がいい人ってそれだけでモテたり、チヤホヤされたりすることが多いでしょ?」
「ああ、確かにそうだな」
「でも、例えば、マスクしてたらカッコいい、可愛いって感じでも、外したら思ってたのと違って去っていく人。服の下に隠れてるタトゥーに気付いて距離をとる人とか、後で知っても人が離れていく原因ってたくさんあると思うの。
もちろん、そうじゃなくて、内面をしっかり見てくれる人もいる。けれど、多くは第一印象や、普段見えている部分だけで判断してしまう。
それが、現実だと思うの……ユウ君はさ、私が……中学の時、学校に行くのが怖くて不登校だった。って言ったら……信じる?」
「え?」
穂香が不登校?学校で女神様と呼ばれるほど美人で可愛くて、いつも明るくて元気で男子からも女子からも人気があって、テストでは常に首席でスポーツ万能で、非の打ち所のないといってもいい穂香が?意味がわからない。
「やっぱり、ビックリするよね。私は中学の時、あることが原因で虐められてて、不登校になったの。それでね、私の外面だけ見て近寄って来る人は苦手なの。
今の学校でもそれは同じ。女神様って呼ばれるのが嫌なのもね……女神様って呼ばれるなら心も身体も美しくないといけないと思うのよ。そういう意味では、私はそんな風に呼ばれる資格はないの。
今の学校には中学までの私を知ってる人は一人もいない。もし、一人でもいたら……私は……また不登校になってしまってると思う……」
初めて聞く穂香の告白に、俺の理解が追い付かない。
「じゃあ、今の学校を受験したのも?」
穂香を知る人間がいないほど遠くの学校って事か……
「そう。でもね、水泳がないのも絶対条件なの。ホントはね、高校三年間……ううん、これからもずっと……誰にも話さずに生きていくつもりだった……でも、ユウ君と出会って……一緒に過ごすうちにどんどん好きになって……途中でね、ダメだって……絶対後悔するから、これ以上は好きになったらダメだって思った。
それでも、この気持ちを抑えることなんてできなかった。ユウ君は、最初の内は私に興味なかったでしょ?私を助けてくれた時、連絡先も聞こうとしなかったし。他の人と違う、ユウ君ならもしかしたらって思ったの……」
「穂香……」
「今の私たちって、まだお付き合いしてないでしょう?」
「ああ、そうだな。その言葉は交わしていない。行為は少し先に進んでる気がするが……」
その言葉に、少し目を逸らし照れたような表情を見せた。
普通、付き合っていないのに、毎日のようにキスしたりしないからな。
「それは……そうなんだけど……あのね……私はユウ君の事が好き……ユウ君の今の気持ちもわかってるつもり……ユウ君……これを……これを見ても……それでも……大丈夫なら……私と……付き合って下さい……」
穂香の告白……だけど何でそんな悲痛な表情をするんだ?そう思った次の瞬間、穂香は身体を包んでいたバスタオルをハラリと床に落とした。
身に付けていたのはショーツ一枚のみ。髪の毛で頂上は隠れているが、主張の激しい綺麗な形の胸、腰のくびれから下半身に至る女性らしい曲線。どれをとっても素晴らしいとしか言いようがないだろう。
しかし、
「やっぱり……気持ち悪い……よね……」
穂香がそう言った原因。
穂香の左胸の下からへその右にかけて、華奢な身体には大きすぎる傷痕があった。それは女の子の身体に……いや、人の身体にあってはいいようなものではなかった。
怪我自体は癒えている様だが、何があったらこんな傷が付くのか想像もつかない。
「これはね、前に話した飛行機の事故……その時の傷なの……瀕死の重症で、当時の医療技術では、何度も手術しなくてはならなくて……怪我は治ったけど、代わりにこれが残ったの。
中学一年の水泳の時、着替えるときに見られて、それからこの傷の事が広まって……その後、不登校になるまで時間はかからなかったわ……」
なるほど、だから水泳の授業がないこの学校なのか。
今まで、ずっと一人で耐えてきたんだな。辛かっただろう、寂しかっただろう。悩みも絶えなかったはずだ。そんな中で明るく振る舞って、勉強も運動も頑張って、家事だってそうだろう。人一倍努力を重ねてきたに違いない。
それに比べたら……俺は小さいな。目立ちたくないという理由だけで、人より恵まれているにもかかわらず、色々逃げてきてたよな。
「穂香……」
俺は穂香の身体をそっと抱き締めた。いつもより小さく感じる穂香の身体は震えていた。
俺の答えを聞くのが怖いのだろう。だが、俺の答えは最初から決まっている。
「ユウ君……嫌……でしょ……こんな……んっ」
否定的な事を言おうとした穂香の唇を、キスして塞ぐ。
「穂香……俺の答えはもちろんイエスだ。そして、俺からも言わせてくれ。俺は穂香が好きだ。料理も掃除もできなくて、情けない限りだが、俺にはお前が必要だ……俺と付き合ってくれないか?」
「こんな……こんな私でも……いいの?」
「もちろんだ。お前じゃなきゃダメだ。そして、何かあったら俺が守る。絶対に独りにさせない」
「ありがとう……ユウ君……ずっと一緒だよ……大好き」
キスをしたまましばらく抱き合っていた後、どちらからともなく唇を離すと、穂香が俺の胸に顔を埋めてきた。部屋は暖房が効いてて暖かいが、穂香はほぼ全裸だ。
俺はソファーに足を開いて深く腰掛け、俺を背もたれにさせるような感じで穂香を座らせた。ブランケットをかけて後ろから抱きしめる。
さて、次は俺の番かな。
「穂香、俺からも大事な話があるんだ。聞いてくれるか?」
「え?うん、あの……やっぱりダメとか……言わないよね?」
そう言った穂香の頭にポンッと手を乗せる。
「こら、次そんなこと言ったら怒るぞ」
「ごめんなさい……」
素直に謝ったのでそのまま頭を撫でてやる。穂香の表情が緩んできた。
俺も覚悟を決めて穂香に伝える。
「実は……俺は、魔法使いなんだ……」
「へ?」
俺は今までで一番気の抜けた穂香の声を聞いたかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます