第13話 女神様は恥ずかしがり屋

 昼間は暖かいが、朝晩は冷え込むような日が増えてきた。体調を崩しやすい時期ではあるが、部屋の中で過ごしていれば、それほど季節の変化は感じない。


 浩介の運命のテストを来週に控え、今週末も最後の追い込みをすることになっていた。さすがに危機感もあるのか、授業もしっかり聞くようになり、おそらくそれなりの点数はとれるだろう。

 穂香に関しては今回も1位をとるだろうし、そのために努力してるのも間近でみている。俺のために色々してもらってて、点数が悪くなったりしたら申し訳ない。


 もらいっぱなしなのも悪いので、何かしてあげたいのだが、俺にはそういう知識や経験が乏しい。

 どうしたものかと考えているときに、母さんから連絡がきた。


「遊園地のチケット送ったから、穂香さん誘って一緒に行ってきなさい」


 相変わらず、強引だがこれはありがたい。しかし、どうやって切り出すかよりも、断られたらどうしようという思いがあった。母さんは簡単に言うが、こういう経験のない俺には難しい。今回のことは浩介に相談もできないしな。


「ユウ君、何か悩みでもあるの?」


 夕食後に珈琲を飲みながらくつろいでいると、何か考え事をしているのがわかったのか、穂香が声をかけてきた。

 この時間は穂香がくっついてくる時間だ。いつものようにサラサラの髪の毛からはいい匂いが漂ってくる。


「いや、悩みというかなんというか……」

「そうなの?私で良かったら話してみて?」


 いや、お前のことで悩んでるんだが……とは言えない。仕方ない、腹をくくるか。


「……テストが終わったら……遊園地に行かないか?」


 浩介なら気のきいた誘い文句が出るのかもしれないが、あいにく俺にはそんなスキルはない。

 穂香もそんなこと言われるとは思ってなかったのか、目を見開いてビックリしている。


「え?え?どういうこと?」

「実は……母さんから、最近リニューアルした遊園地のチケットを貰ったんだけどな……穂香が良かったら……一緒にどうかなと」

「私を誘ってくれるの?」

「ああ、嫌なら諦めるが……」

「行く行く!絶対行くから!」

「お、おう……」


 穂香は俺の両手を握って、凄い勢いで食いついてきた。

 断られなくて良かったという思いと共に、急に肩の力が抜けた気がする。


「……もしかして、悩みってこれのこと?」

「ああ、どうやって言ったらいいか……とか、断られたらどうしようとか考えてた」

「……もう、そんなの断るわけないじゃない。ユウ君が誘ってくれて、すごく嬉しいんだから」


 そう言って、満面の笑みを向けてくれた。


「それなら良かった」


 穂香の笑顔に照れてしまい、直視できない。それを隠すために、チケットを見る。


「ねぇ、ねぇ、いつ行くの?」


 チケットには年内有効と書かれているが、早めに行く方がいいだろう。


「俺はいつでも大丈夫だから、早くて来週末かな」

「じゃあ、来週の土曜日。そこがいい」

「わかった。じゃあ、土曜日にしよう」


 そんな感じで、トントン拍子に日程が決まっていった。


「楽しみだなぁ。でも楽しみにしすぎて、テストでミスしないようにしないとね」

「そうだな。でも、穂香は大丈夫だろ?」


 しっかりと直前のテストのことも忘れてない辺りが穂香らしいな。


「今回はユウ君と一緒に勉強してきたからね」

「俺の方こそ穂香と一緒に勉強してきたからな。今回は結構自信あるぞ」


 それは事実だ。穂香はノートも綺麗だし、教え方も上手い。俺が受けた恩恵の方が大きいはずだ。


「風間君の勉強会も、いい復習の機会になってるしね」

「そうだな……そう言えばあの二人って、この前のあと、いつも通りだったな。結局、浩介と二人きりの時の事は菜摘に聞いたのか?」

「え?……あ~、あれ……ね……」


 そう言って、穂香の顔が完熟トマトみたいに真っ赤になった。


「穂香?」

「一応……聞いたんだけど……あの二人は……結構前から……付き合ってるでしょ……だからね……あの……私がまだ……したことないこととか……してるわけで……」


 穂香がモジモジしながら恥ずかしがって話す様子は、何と言うか、非常に可愛い。

 穂香が言いよどんでいることは、菜摘から聞いた話がいわゆる男女の営みに関係があるのだろう。穂香はこういうことに対しての耐性があまりないことは、菜摘から少し聞いている。


「穂香さんは下ネタが苦手なので、注意してください」


 と、真面目な顔で言われたのは記憶に新しい。目は笑ってた気がするが。


 そして、浩介を見ていて思ったのが、俺はSかMで言うなら、間違いなくSの部類だろう。こういう状態の穂香を見ていると、からかいたくなるとか、もっと見ていたいとか、そういう類の衝動に駆られてくる。


「それでね……そういう時も……なっちゃんの方が強いわけで……」

「なるほど、要は常に菜摘の方が力関係は上、というわけだな……で、指導って何したのか聞いたのか?」


 その言葉に穂香の顔が更に赤くなった気がする。


「それは……その……あの……私には……なっちゃんが凄い……ということしか……」


 視線も定まらないくらい動揺しているようだ。

 おい、菜摘よ。一体浩介に何をしたんだ?

 まぁ、穂香をこれ以上からかうのは気の毒なのでやめておくか。


「そうか、何となく言おうとしてることはわかる。また今度、菜摘にお礼を言っておくよ」

「ふぇ?何でなっちゃんに?」

「菜摘のおかげで、穂香の今日みたいな姿が見られたからな」

「え?……あ……もう!ものすごく恥ずかしかったのに!む~~最近ユウ君が意地悪だよ~」


 こういう時の穂香は、頭を撫でれば大丈夫なのは学習済みだ。

 だが、この日の穂香はそれでは収まらず、なだめるのに時間かかってしまった。

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