282 再び、慶央へ……・その12



 承家屋敷の大広間に、男たちは集まった。

 酒席を好まない雲流先生に、女装をした峰貴文の姿もある。


 彼らは、別れを惜しんで酒を酌み交わした。別れを無念に思うものたちの言葉数が少なり会話が途絶えると、それを打ち払うように誰かが声を上げる。


「安陽と慶央は確かに遥か遠く北と南に離れてはいるが、青陵国内ではないか」

「そうだ、どちらも青陵国の空の下だ」

「また会える」

「そうだ、必ずまた会おう」


 そして盃に酒が満たされる。


 一年半前の早春、『梅見の宴』と称して集まり、袁家打倒を誓い合った。

 その時の仲間が、安らかな顔をして病死した沈明宥を除いて、無事に本懐を遂げて誰一人欠けることなく集まっている。それを思えば、場所が安陽であれもしくは慶央であっても、再会など簡単なことではないか。


「再見!」

「再見!」


 皆で口々に叫びあった。




 女たちは中庭に設けられた天幕の中にいた。

 こちらも『梅見の宴』の時と同じだ。


 正妃と承家の老いた女主人である冬花が並んで座り、その周りを美しく着飾った宇項の妻たちが取り囲んでいる。そしてお喋りに興じながらも女たちが見守る中、玉砂利を敷きつめた庭では子どもたちが追いかけ合って遊んでいた。


 その中心に、第五皇子と白麗と嬉児がいて、小さな子どもや転んだ子どもたちの面倒をみていた。


 ただその中に、今回は、子どもたちを追いかけまわす千夏の姿はない。

 正妃や冬花から少し離れた天幕に座り、片時も彼女のそばを離れようとしない三人の侍女たちの甲斐甲斐しい世話を受けていた。


「千夏さま、これは美味しそうにございますよ。

 少しだけでも、お召し上がりになってくださいませ」

「千夏さま、せめて、お飲み物だけでも」

「千夏さま、せめて、水菓子だけでも」


 食べ物や飲み物を載せた盆を目の前に差し出され、侍女たちにそう勧められても、千夏は煩そうに顔を背け、何も食べたくはないと口元を手で押さえている。


 その様子を正妃と冬花は離れたところで心配そうに伺いながらも、互いに頷きあう。そして他の女たちは、「さすがの勝気な千夏さまも、人妻になればおしとやかになるものだ」と、噂し合った。




 やがて陽は中天より傾き、じゅうぶんに別れを惜しんだ男たちが広間から中庭へと出て来た。


 中庭を走り回っていた子どもたちがそれぞれの父親の姿を見つけて駆け寄る。第五皇子も正妃の元へと戻り、白麗と嬉児もまた、千夏の傍らに立つ英卓の元へと駆け寄った。


 承宇項も四人の妻たちが産んだ大勢の子どもたちに囲まれた。

 その中の一番幼い子を抱き上げると軽々と肩に乗せ、背中に飛びついてきたものを負う。そして残りの子どもたちをさながら水辺を泳ぐ鴨の雛のように引き連れて、彼は中庭の真ん中に立った。


「別れは惜しいが、そろそろ潮時だ。

 正妃さまと第五皇子を宮中にお返しせねばならぬ。天子さまが首を長くされて、お二人のお帰りを待ちかねておられることだろう。また、明日、慶央に立つものたちも、それぞれの最後の準備があるはずだ。


 では、正妃さま、明日の朝、慶央に立つものたちのために、餞の言葉をお願い申し上げる。そのあとに、白麗の笛の音を皆で聴き、それを尽きせぬ別れの言葉としようぞ」


 彼の声は、安陽の深まる秋の空の下に朗々と響き渡った。

 それに応えて、皆もまた口々に叫ぶ。


「正妃さま、お言葉を!」

「正妃さま、お言葉を!」






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