281 再び、慶央へ……・その11



 荘興の安陽滞在は、当初予定した三か月を半月過ぎた。

 長引いた理由は、久しぶりに再会した長年の友の永但州と、遊び歩く名所見物巡りが楽しかったからだ。また、英卓の新妻となった千夏の心のこもった孝養で、屋敷での暮らしが心地よかったこともある。


 そして何よりも、旅は道連れと思い拒まずにいると、来た時よりも帰りの人数が膨れ上がった。


 遊び飽きた但州と勉学の終わった汪範連に、白麗まで託された。

 英卓が白麗を手放す理由は婚礼のせいだけではないだろうが、荘興はその理由を深く考えないことにした。

 ひた隠しにしている余命一年のやまいのことが、知られたのか。

 しかし、これもまた、考えたところでどうにかなるものでもない。


 三十年探し求めた少女が、数年の別れの後、再び自分の元に戻って来ただけだ。

 すべては天命だ。


 白麗には萬姜と嬉児は当然として、允陶までついて来るという。

 そして、慶央で新しく薬種問屋を開店するという沈如賢とその家族と使用人たちまでもが、同行を願い出た。

 なんと、そのうえに役者一行までが加わわりたいと言い出した。


 艶々とした黒髪を結わずに腰まで垂らし、化粧して女の着物を着て女言葉を話す峰貴文を見た時、荘興は内心の驚きを隠せなかった。だが、白麗が黒イタチにかどわかされた時は、彼はその救出に知恵を貸し、承家と袁家の戦いにおいてはひと働きしたという。


 病を得て体から壮健さは失われても、荘興は人を見かけで判断する男ではない。


「荘本家の元宗主の一行に、あの男やら女やらわからぬものを加えるのは、いかがなものでしょうか」

 そう言って、反対するものもいた。


「退屈な道中、賑やかでよいではないか」

 すべては、荘興の一言で決まった。

 沈如賢と峰貴文、彼らが慶央に来るのもこれまた天命であろう。


 しかしながら皆の慶央行きはすべて突然に決まったこと。

 その支度に時がかかり安陽出立の日がなかなか定まらなかった。


 深まる秋を追いかけながら、青陵国を南に下っていく旅も風情があってよいが、雪が積もってからの山越えだけは避けねばならない。女も大勢いるし、ましてや子どもや赤子もいる。

 急かすだけ急かして、皆の支度がやっと整ったのが、予定より半月遅れだった。






 ******


 明日の早朝に安陽を出立するという前日。

 ささやかな壮行の宴を催したいという承宇項に招かれて、荘興とともに慶央に帰るものと新たに慶央に行くもの、そして見送るものたちは彼の屋敷を訪れた。


 袁家の謀略により六十年もの長きに渡って、承家の男たちは安陽から遠く離れた北方に追放されていた。そこで命を落としたものも多い。そのために承家の屋敷は、見るも無残なほど荒れ果てていた。

 しかしいまは、改築も増築も終えて、屋敷は六十年前の姿を取り戻している。


 その広大で荘厳なたたずまいに皆は驚いた。

 しかし、出迎えた承宇項の後ろに、正妃と皇太子の第五皇子、そして人嫌いな学者・雲流先生の姿があったことにはもっと驚いた。


 特に荘興は、安陽での英卓の様子を関景や允陶の文でつぶさに知り、また婚姻の席でも英卓がいかに活躍しているかを、実際にその目で見てはいた。それでも正妃や将来においては天子となる第五皇子と親しく言葉を交わす英卓を見ていると、彼の胸に込み上げてくるものがあった。


 この日のために自分の五十余年の命はあったのだ。

 惜しむ必要はない。





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