283 再び、慶央へ……・その13



 皆の歓声に応えて、正妃は立ち上がった。

 前に立った皇子の肩に手を置き、ゆっくりと頭をめぐらして周囲を見回す。


「皆のもの、今日は、よくぞ、兄・承宇項の屋敷に集まってくれました。

 一年半前の『梅見の宴』の顔ぶれが揃ったこと、嬉しく思います。

 沈明宥が亡くなったことは残念ですが、きっといま、空にあるは彼の魂は、我々の息災を喜んでいることでしょう」


 言葉を切った正妃は振り返って、後ろに座る冬花を見やった。兄妹であると明かさずに逝ってしまった沈明宥の名前に、老女は袖口で目頭を押さえている。

 その様子に正妃は気づかうように頷き、再び正面を向くと言葉を続けた。


「しかしながら逝ったものもいますが、新しい顔もあります。

 我が妹・千夏の夫である荘英卓のお父上・荘興です。

 荘興がいなければ英卓が生まれず、また、英卓と白麗を安陽に旅立たせようと彼が心を決めなれば、我々の宿願も叶わなかったことでしょう。

 荘興、おまえの英断に感謝します」


 その言葉に一歩前に進み出た荘興は拱手し、深く腰を曲げて頭を垂れた。

「正妃さま、もったいないお言葉にございます」


 荘興の言葉に、今度は、正妃は満足げに頷く。


「安陽と慶央は、北と南に遠く離れてはいます。しかし、青陵国内の同じ空の下です。必ず、再び相まみえる日が来ることでしょう。

 そして、その時は、それほど遠くはないはず。


 その時は、どうかまた皆で、天子さまにそして皇太子である第五皇子に力を貸して欲しい。これは、正妃であるわたくしの願いです」


 そして前に立つ皇太子をそっと押しやった。

 これが最後と思い、髪の白い美しい少女と駆けまわって遊んでいた第五皇子だったが、母の促しに上気した顔を引き締める。少年の顔が若い為政者へと変貌する。


「正妃さまの願いは、おれの願いでもある。

 安陽から去るもの安陽に留まるものすべからく皆、これからも、青陵国の繁栄にそして天子さまと正妃さまの安泰に、持てる力を貸して欲しい。

 これは若輩もののおれの心からの頼みだ」


 甲高いながらすでに人を圧倒する力強い声だ。


「青陵国に繁栄を!」

「青陵国に繁栄を!」

「正妃さま、皇太子さま、万歳! 万々歳!」


 再び、人々の間から歓声が沸き起こった。

 手を上げて、正妃はそのざわめきを制した。


「言い忘れるところでした。

 わたくしから皆に報告があります。

 本当は本人たちの口から言うべきことですが、どうやら、本人たちは言いたくないのか、それとも状況がわかっていないのか……」


 正妃は微笑を浮かべながら、隣の天幕に立つ英卓と千夏を見た。

 英卓は怪訝そうな顔をして正妃を見返し、千夏は耳まで赤くして俯く。


「……、しかたがありませんね。

 では、わたくしから皆に知らせて、それをはなむけといたしましょう。

 英卓、喜びなさい」


「は、はい?」


 正妃に話を振られて、慌てて拱手したものの状況が読めない英卓が怪訝そうに答える。


「おまえの妻は懐妊しております」

「正妃さま……。

 か、か、かいにんとは、何ごとでございましょうか?」


「なんとまあ、若い夫というものは頼りないこと。

 千夏、これでは先が思いやられることです」


 慌てて千夏が英卓の袖を引き、伸びあがって男の耳に何ごとかを囁く。

 英卓の色白い端正な顔が朱色に染まった。





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