256 承宇項の謀り事・その8
「兄の口から言うのも何だが、千夏はなかなかによい女だ。
必ずや、おまえのよい妻になり、生まれてくる子たちのよい母になり、そしてお嬢ちゃんのよい姉ともなることだろう。
世間には、あれは、男を食い殺す女だとの噂がある。
しかし、それは真実ではない。
男だというだけのことで威張るしか能のないやからを二人、捨てただけだ。
女の身に生まれながら、千夏は強い志を抱いている。
それほどの芯の強い千夏がおまえに惚れている。
一生を添い遂げたいと思えるほどに、千夏にとっておまえは見どころある男なのだろう。
千夏と夫婦になり名実ともにおれの弟となって、後宮を延いては朝廷を支えてくれ。そして青陵国と、青陵国で暮らす万民のために粉骨砕身して尽くせ」
横に座る関景を、英卓は見やった。
慶央に何もかも捨て置いて新天地にやってきた男が、承将軍の言葉の一つ一つに大きく頷いていた。
長年を荘親子に知恵を授けることに費やした老いたその顔は、興奮に朱に染まり誇らしく輝いている。
英卓の視線に気づき、承宇項もまた関景を見やり、そして老人の胸の内を察して言った。
「関景さん、荘家三代目となる英卓の子をその手に抱く日も、あと少しの辛抱ですぞ」
「承将軍、よくぞ言ってくださった」
そして二人は
部屋に溢れる満ちる男二人の笑い声を聞きながら、英卓は白麗の白く美しい顔を思い出していた。
言葉を話すことができないせいなのか。
その性質は無邪気で、そして我がままで頑固だ。
そのうえにその華奢な体のどこにおさまるのかと思われるほどに、食い意地が張っている。
それでもあのくそ生意気な龍のガキの言葉を信じれば、いずれは天界で妃となる身分であるらしい。
白麗の金茶色の瞳が、ひたと英卓を見つめる。
時おり見せる、慈愛に満ちた優しい眼差しだ。
その眼差しで多くの哀れな〈人〉が救われてきた。
慶央では、餓死寸前だった萬姜母子たち。
山奥で山賊に襲われた沈明宥、我が子の康記を斬ろうとした荘興も、もとをただせば白麗に救われたも同然。
安陽では、いま目の前にいる承将軍しかり。
白麗がいなければ、祖父や父と同じように、彼もまた、北方での蛮族との戦いで命を落す運命だっただろう。
彼が死ねば、承家に連なるものたちは袁開元によってあらぬ罪を着せられて、その命は処刑台の露となっていたはずだ。
――麗、おまえは五年の歳月をかけて西の国から慶央に来て、死にかけていたおれの命を助けたと聞く。いまここで起きていることは、おまえがはるばる運んできた、おれの天命なのか――
英卓はゆっくりと立ち上がった。
それを見て、承将軍もおもむろに立ち上がる。
笑うことを止めた関景が、目を細めて二人を見守る。
英卓は深く拱手すると言った。
「宇項兄、千夏さまを我が妻に迎えること、喜びに堪えません」
英卓の言葉に、承宇項も拱手で応える。
「おお、英卓、よく言ってくれた。
お父上の荘興さんが安陽に到着次第、すぐに婚儀を挙げることにしよう。
慌ただしくておまえにはすまないが、千夏も三度目だ。
目立つことは望んでいないはず。
関景さんもそれでよいだろうか?」
「承将軍、おれと荘興になんの異議があろうものか。
さっそくに屋敷に戻り、二人の新居を整えましょうぞ」
「それはありがたい。
では、英卓。
千夏は自室にて、おまえの口から聞く吉報を待っている。
すぐに行って、喜ばせてやってくれ」
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