250 承宇項の謀り事・その2
袁開元の兵士に襲撃された夜に龍より手渡された小箱は、明るい陽の下で見ると赤い色をしていた。
英卓の手の中にちょうど収まる大きさのそれは、木でもなく金属でも、また玉を刳りぬいて作られたものでもないようだ。
蓋には螺鈿細工のような繊細な飾りが施されている。
重厚な見かけと違って軽いが、強く爪を押し当てても傷がつかない。
――麗の笛に似ている。
あれも何で出来ているのか見当がつかない、不思議な笛だ。
紅天楼の焼け跡から無傷で見つかったように、これもまたそういう類のものなのか――
襲撃の夜、屋敷に響き渡った男たちの怒声も、短槍を突き刺して生身の人の体から命を奪った手ごたえも、すべて覚えている。
しかし、時の流れが止まった中での、小生意気な子どもの龍との出会いは、夢の中の出来ごとのようだ。いや、あれほど龍との再会を望みながら、その口から聞かされた真実に、夢であってくれといまでは願う。
小箱の蓋の前には金色の留め金がある。
それを指で跳ね上げると、どういう仕掛けになっているのか、小箱が幾つにも割れるように蓋が開く。
中は美しい布で分厚く内張りがしてあって、二つ並んだ小さな窪みにそれぞれ小さな丸薬が収められていた。
これを一粒、白麗に食べさせろと龍は言った。
白麗はおまえに惚れているのではない。
おまえの体の中にある自分の血に惹かれているだけだと。
そしてもう一粒はおまえにためのものだとも、龍は言った。
いずれ、白麗はおまえのもとを去る。
この丸薬を飲まなければ、そののちおまえは耐えがたい虚しさを抱えて生きることになると。
そういえば、五年の長旅の末に遠い西華国から青陵国まで白麗を連れて来た、趙藍と趙蘆信という姉と弟。白麗を父の荘興にあずけたのち、二人して自害して果てたという話だ。
それも姉が弟を手にかけたあと、自らの命を絶ったという。
その話を聞いた時は、かれらの住んでいた西華国で白麗を巻き込んで何があったのかと思い、また姉弟の命の決着のつけかたに凄まじさを覚えたものだが。いま自分がその立場になって考えれば、趙藍という姉は、弟の白麗への執着を死で断ったのではないか。
しかしもう二人のことなど、白麗は覚えてはいないだろう。
人の一生など、天界人には一日も満たない短さと、あの龍は言った。
いずれ、麗は自分のもとを去るどころか、おれという存在すら忘れる。
あの龍にはもっといろいろなことを訊きたかった。
天帝の怒りが解ける日は来るのか。
そもそも白麗がこの中華大陸をさまようのに目的があるのか。
そして下界には多くの人がいながら、白麗はなぜおれの命を助け、おれの傍にとどまっているのか。
――あのクソガキ。たかが〈人〉の分際でと、偉そうに言いやがった。
確か、泥人形とも言ったな――
それにしても、自分の体の中にどうして麗の血が入ったのか。
まずはそれを知りたいと思うのだが、知っているはずの皆の口は堅く、聞きだすのは容易なことではない。
考えても考えても、おのれの尻を噛もうとする犬のように、思考はぐるぐると同じところを回るだけだ。
――食い気にしか興味のない麗の口に、この丸薬を放り込めば、何も思い煩うことなどないのだが――
片腕しかない英卓は、右手の平の上に小箱を乗せて、しばらくの間まじまじと眺める。やがて、長い指で握りつぶすかのように蓋を閉じると、乱暴に卓の引き出しの中に放り込んだ。
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