248 雪降り積もる年越しの夜・その7



 千夏の部屋では、千夏と三人の侍女たちが双六すごろくに興じていた。

 年越しの花火が上がるまでの時間潰しだ。


 気後れなどいう感情には無縁の千夏だが、二度も出戻って来た身であれば、承家の家族行事に長々と付き合うのはさすがに居心地が悪い。祖母の冬花がいれば話はまた違っているのだろうが、老いて体の節々が痛む体なので、年越しの夜とはいえ早々に寝てしまっている。


 それで兄の四人の妻たちのご機嫌伺いをすませると、安陽の夜空に花火が上がり新しい年明けを告げるまで、侍女たちと共に自室に籠り、双六で遊ぶのが彼女の年越しの夜の習慣となった。


 双六には少しばかりの銭も賭けるので、転がった賽子さいころの目の数に、侍女たちの目の色が変わる。良家の子女でありながら賭け事が好きという千夏も、主従という関係を忘れて容赦なく、侍女たちから銭を奪い取る。


 ……と、いつもの年越しの夜であれば、千夏の部屋は、女たち四人の黄色い声で明るく満ちるはずだった。

 しかし、今夜は事情が違っていた。


「次は千夏さまの番ですよ」

「えっ?」


 手の中に賽子さいころを押しつけられて、千夏は自分の番が回って来たことを知る始末。

 そして気の乗らぬ様で賽子さいころを放り投げると、目の数を読むこともなく、あらぬ方を見てかすかなため息を漏らす。


 彼女の心がここにないのは傍目にも明らかだ。

 そしてそれは十日前から突然に始まったことだとはわかってはいるが、侍女たちに女主人の心の中を読むことは難しい。


 盛り上がりに欠ける双六が続いていた時、一番年若くそのために耳も鋭い侍女が叫んだ。


「あっ、花火!

 花火が上がり始めました!」


 その声と同時に、屋敷のどこかで爆竹が爆ぜ、犬がいっせいに吠え始めた。


「年越しの花火を見ずして、新しい年は明けません」

「さあさあ、千夏さま、早く、早く。

 花火が終わってしまいます」


 外は寒いから嫌だとぶつぶつと呟く腰の重い千夏を、三人がかりで立ち上がらせて部屋の外へと連れ出す。


 雪は降り続いていた。


 それは木の枝や石灯籠の上に丸く積もり、まるで真綿の帽子を被せたようだ。

 暗闇にも真白いそれが、夜空で開く色とりどりの花火に照らされて輝く。


「まあ、きれい!」

「千夏さま、今年はきっとよい年になりますよね」

「ほんとに、昨年のような怖い年はもう懲り懲りです」


 花火の音、爆竹の音、犬の吠え声、そして屋敷のあちこちから聞こえてくる賑やかな人の声に負けまいと、侍女たちもまた声を張り上げる。

 しかし千夏一人は、美しい花火を見上げても、その口から出てくるのは微かなため息ばかりだ。





 ******


 安陽から南に離れた小さな町の駅舎。

 巷の年越し騒ぎなど関係なく、三人の兵士が旅装も解かず泥のように深い眠りについていた。雑魚寝する彼ら三人の枕元には、二つの大きな木箱が重ね置かれている。


 三人の兵士の役目は、青陵国の南の端にある慶央までそれらを運ぶことだ。

 ここまではなんとか馬を走らせてきたが、明日からは馬を人足に代えて雪の積もった山を越える。

 その厳しい行程を思えば、年越しの夜だからと言って浮かれ騒いでいるわけにはいかない。


 袁家が滅亡して朝廷の政が大きく変わった。

 日々に新しい勅令が出されて、それは白絹の布に書かれ巻物の形となって青陵国中に配布される。また役所からの通達の文も夥しい。


 木箱にはそれらがぎっしりと詰まっている。

 そしてその中に一つ、承将軍から慶央に住む荘興宛の私信が混じっていた。







 <雪降り積もる年越しの夜>、終わりです。

 次回から、新しいエピソードが始まります。


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