244 雪降り積もる年越しの夜・その3



 夕暮れの迫る雪の降り積もる道を、峰新は急ぎ足で歩いていた。

 手には竹籠を下げている。

 竹籠の中には、ぎっしりと詰められた年越しのご馳走。


 峰新自身にも庇護してくれる親はいないというのに、彼は五人ほどの幼い孤児の面倒を見ていた。自分と同じように親とはぐれたか、親に捨てられたかした小さな子どもたちを見ると、彼は放っておけない。

 頼りされ懐かれるとなおさらだ。


 傾いていまにも倒壊しそうな物置小屋を見つけて、そこに彼らを住まわせている。

 それがいつのまにか五人となった。


 峰貴文の芝居小屋の使い走りをしてもらう銭はわずかで、彼ら五人を十分に世話することは出来ない。それでもなんとかみんなで肩を寄せ合って、生き抜く方法を模索する日々だ。


 黒イタチにかどわかされた白麗を助ける手伝いをしてから、峰新のそういう立場に同情した世話焼き萬姜が、何くれとなく助けてくれるようになった。


「皆でこれを食べて、いいお年を迎えるんだよ」


 竹籠を手渡してくれる嬉児の横で、福々しい笑顔を見せて萬姜さんはそう言った。

 萬姜さんも嬉児も、いつもより赤いきれいな着物を着ている。


――ああ、そうだった。

 親のいる家では、子どもたちはきれいな着物を着て美味いものを食って、年越しの夜を過ごすんだ――


 しかし、自分より年下でそのうえに憎からず思っている可愛い嬉児に、そんな心の中は見せたくない。


「萬姜おばさん、いつもありがとうございます。

 これを食ったら、みんなでいい年が迎えられそうです」


 舌を噛みそうな丁寧な言葉で、少しでも背が高く見えるようにと胸を張ってそう答えた。

 嬉児もまた、にこにこと笑いながら言った。


「峰新お兄ちゃん、よいお年を!」

「うん、おまえもな、嬉児」


 それからくるりと二人に背中を見せて、彼は足早に歩き始める。

 本当は振り返って、いつまでも手を振って見送ってくれている嬉児の姿をもう一度見たい。しかしぐっと我慢する。


 荘家の屋敷を取り囲む長い塀が切れた角を曲がり、彼はやっと足を止めた。

 そして空を見上げた。

 黒い雲の中から真っ白な雪が次々と降ってくる。

 大雪の年越しの夜となりそうだ。


 雪を顔面で受けながら、峰新は嬉児に言い忘れていたことを思い出した。


――明日の朝、新しい年の始まりとともに、おれは一つ歳をとって十四歳になる。

 大人の男に近づくんだ――


 歳を取るということが、こんなに待ち遠しく嬉しいのは初めてだ。





******


 薬種問屋〈健草店〉は、その屋根を振り積もった雪で白く化粧しながら、ひっそりと静まり返っていた。

 

 例年の年越しの夜であれば、山奥の薬草園を守っているものや近郊の町の〈健草店〉の出店を与っているものなど、明宥の子や孫たちが家族を引き連れて集まる。

 そして、賑やかに飲み食いして、去る年を惜しみ新しく来る年を迎える。


 しかし、今年は沈明宥の忌中のために、そのような賑わいも楽しみもない。


 新しい年を迎えるために屋敷の隅々まで清々しく掃き清められているぶん、その清々しさが喪失感となって屋敷を包んでいた。


 屋敷の誰もが、早めの床に就き眠っていた。











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