※ 第七章(最終章) ※
荘英卓の決断
242 雪降り積もる年越しの夜・その1
背を海に沿わせる形で、南北に長い
都の安陽は北の端にあったので、冬は長く寒さも厳しい。
袁家の六十年に渡る悪政が終わったその年の暮れも、朝から雪が降り続き、それは夜になっても止まなかった。
禁軍の大将である承宇項は、その日は朝から、一年の締めくくりとなる宮中行事をこなす天子の傍らにずっと付き添っていた。
そして薄暗い夕暮れ時が迫る頃、副妃と第五皇子とともに新年を迎えるために副妃殿に入った天子と別れ、彼は執務室に戻った。
部屋の隅には大火鉢が据えられて、部屋はほどよく暖かい。
手際よく鎧を脱がされていくことに身を任せたまま、宇項は副官の報告に耳を傾ける。
「承将軍、晒していた袁家のものたちの首は、すべて焼いて砕いて灰にした後に、川に流しました。黄泉の国に流れ着いても、あやつらの胴は、自分の首を見つけることは出来ないと思われます」
若い男の面白い言い回しに、思わず宇項は笑みを漏らした。
「ご苦労であった。
これで今回の戦いの後始末はすべて終わったな。
今夜は大雪となりそうだが、今年最後の警備も、決して手を抜くでないぞ」
「承知!」
足を踏み鳴らして拱手し、きびきびと動いて持ち場に戻っていく副官の後ろ姿を背後に感じながら、承宇項は火鉢で手を炙り冷えた体を暖める。
今宵が明ければ、文字通り彼の新しい年が始まる。
歓喜が体を駆け巡るとともに、身の引き締まる思いもした。
峰貴文のおんぼろ芝居小屋の屋根にも、雪は真白く積っている。
芝居の上演は年末年始は休みだ。
忙しい年の暮れと家族と過ごす年明けに、客は来ない。
役者たちも家のあるものは家に帰った。
滅多にとれぬ休みを利用して旅に出たものもいる。
帰る場所も行くあてもない数人が、芝居小屋に残った。
峰貴文もそのうちの一人だ。
「峰さん、精が出るねえ。
まあ、熱いお茶でも飲んで、一息入れたらどうだい」
湯呑茶碗を乗せた盆を手に、女が貴文の体に
「よしなよ、姐さん。
こういう時の峰さんには、おまえの色気も無駄遣いっていうもんだ」
寒さ凌ぎのために手酌で酒をちびりちびりと飲んでいた用心棒の蘇悦が、支度部屋の隅から声を飛ばしてきた。
「ちぇ、つまんないねえ。
家族なんて面倒なものはいらないって思っているんだけど、この時だけは家族が欲しくなる」
「まあまあ、ぼやきなさんな。
帰る場所のない者同士、いっしょに酒でも飲もうや。
こっちに来いよ」
「ではお言葉に甘えて、雪の夜を、蘇悦さんとしっぽり濡れるとしようかねえ」
峰貴文の横に乱暴に盆を置くと、しぶしぶ立ち上がりながら女は言った。
隙間風が吹き抜ける芝居小屋の支度部屋は、小さな火鉢一つでは少しも暖まらない。それで貴文は、夜具を頭から被り達磨のように丸くなって机に向かい、新しい芝居の台本を執筆していた。
書いている芝居の主役は亜月を模した宮女。
秘かに想い合う宦官の恋人と協力して、無残な最期を遂げた妃である女主人の仇を討ったあと、手に手を取って都より逃げる……。
年が明けて皆が揃ったら、すぐに稽古に入って上演する予定だ。
そのためにも、早く仕上げなければならない。
彼の筆を持つ手は、降りしきる雪と同じく止まることはない。
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