216 龍、再び……・その9



 萬姜の願いも虚しく、立ち上がろうとあがく彼女の横を駆ける足音がして、男三人が行く手を塞いだ。


「手間をかけさせやがって」

「亜月さまの言う髪の白いおなごとは、この女のことだな」


 星月夜の下で、白麗の髪は冴え冴えと白い。


「荘家の娘は美しいと噂で聞いていたが。

 なるほど、その通りだ。

 殺すにはちと惜しいか……」


 仲間のその言葉に頷いた男が一歩前に進み出て、刀を構える。


「女を斬るのは気が進まぬが。

 袁宰相と亜月さまのご命令とあれば、これも任務だ。

 悪く思うなよ」


 男のその言葉が終わると同時に、萬姜の傍らに跪いていた白麗がすくっと立ち上がった。

 後ろ手に嬉児をかばい、臆することなく男たちに対峙する。

 暗闇の中で、金茶色の瞳が怒りに燃え上がったのが、男たちにも見えた。


 気圧された男が、刀を振り上げたまま立ち止まる。

「美しいだけでなく、えらく気の強い女だ」


 その時、よろよろと立ち上がった萬姜が叫んだ。


「お嬢さま!

 わたしが先にあの世に参ります」


 そしてそのまま男に背を向けて、白麗をかばうために抱きついた。

 そのあまりの勢いに、抱きついてきた萬姜も抱きつかれた白麗も、そして後ろにいた嬉児も地面に倒れ込む。


「やれやれ、なんと騒がしい女どもだ。

 殺されるのに、順番などどうでもよかろうが。

 案じなくとも、三人とも、すぐにあの世に送ってやる」


 白麗の不思議な色に輝く瞳に射すくめられていた男が、再び、刀を構える腕に力を込めた。


「待て!

 そうはさせるものか!」


 暗闇から一人の男が飛び出してきて、白麗たちと男たちの間に立ちはだかった。

 立ちはだかってから、抜刀していないことに気づいて、男は慌てて手にしていた刀の鞘を払う。


「お嬢さま、この允陶が、命をかけてお助けいたします」


 だが、勇ましい言葉とは裏腹に、へっぴり腰で構えた刀の先が、ぶるぶると上下に揺れている。


「おい、なんてことだ、またまた変なやつが現れたぞ。

 宗家の男たちは皆手練れだと聞いていたのに、こいつは刀の構え方も知らないらしい」


 男はそう言って、允陶の構えていた刀を自分の刀の先で弾く。

 弾かれた刀はあっけなく允陶の手を離れて飛んだ。

 その拍子に、どさりと、允陶もまた地面に尻もちをついた。


「なんだ、この屋敷は。

 次から次と、命知らずの変な奴が現れてきやがる。

 おい、腰抜け。

 お望み通り、おまえから斬り捨ててやろう」


「のんびり遊んでいる暇はないようだぞ」

 男の一人が言った。


 皆の目が、池の向こう側に建つ屋敷の方角を振り返る。

 先ほどよりも数を増やした篝火が赤々と未明の空を焦がし、騒ぎも静まりつつあった。


「思ったより苦戦しているな」

「さっさとやっちまって、我々だけでも引き上げよう」






 空中を漂う淡い光に導かれて、英卓たちは池を廻る小道を走った。

 そして、抱き合ってうずくまる人影と、刀を構えてそれに迫る男たちの影を見た。


「うぉぉ!」


 地面を蹴った堂鉄が、その巨体をものともせず軽々と飛び跳ねて、英卓を追い越した。同時に、鋭く風を切る音とともに、徐平が放った矢が英卓の左頬をかすめて飛んでいく。






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