215 龍、再び……・その8
夜が明ける少し前、なにもかもが泥のように深い眠りに落ちている時刻。
夜通し赤々と燃やし続けていた篝火がくすぶり始め、新しく薪を継ぎ足したものかとためらう瞬間。
見張りたちの緊張がふと緩んだその間隙を狙って、荘家屋敷に数十人の男たちがなだれ込んできた。
男たちは皆、青陵国正規軍の鎧で身を固めていた。
迎え撃つこちらも、何日もかけて万全の準備を整え、強のものの数も敵の数倍はいる。しかし、正規の訓練を受け戦場で場数を踏んだ、兵士の統率のとれた動きは予想以上だ。
――黒イタチと戦った時とは、まったく違う。
少々、相手を見くびっていたか――
堂鉄と徐平と背中合わせになり、自らも使い慣れた短槍を振り回しながら、英卓は思った。
「白い髪の女の寝所を探せ!」
「狙いは白い髪の女、ただ一人!」
「雑魚どもの命は帰りの駄賃だ」
暗闇の中、敵の兵士は叫び合う。
英卓たちも負けじと声を張り上げた。
「恐れるな!
一人ずつ引き離して、取り囲め」
「仕掛けに誘い込んで、仕留めろ」
「麗を守れ!」
刃物が激しくぶつかり合う音、何かが引き倒される音。
人を斬る時の、腹の底から頭へと突き抜ける奇声。
そして斬られた者の断末魔の悲鳴。
それらをかいくぐって白麗の部屋の辿り着いた時、英卓たちが見たのは無残にも斬り殺された見張りの男の躯と、蹴破られた戸から冷気が忍びこむ人の気配のない室内だった。
「一足、遅かったか!
麗たちは、捕まったのか。
それとも無事に逃げおおせているのか」
仁王立ちとなった英卓が目を凝らしてあたりを見回していると、徐平が素っ頓狂な声をあげた。
「堂鉄兄、もうすぐ冬だというのに、あれは蛍か?」
徐平は百発百中の弓を得意としているだけあって、目がよい。
夜目も利く。
だが、何事にも動じない堂鉄が、珍しく語気を荒立て言い返す。
「蛍が飛んでいるわけがない。
徐平、このような時に、おろかなことを言うな」
「いや、堂鉄。徐平の言うとおりだ。
蛍というより、何かがかすかな光を放ちながら漂っている」
徐平は淡い小さな光を指さして、数え始めた。
「一匹、いや、堂鉄兄。
二匹、その奥に三匹……。
まるで、
「堂鉄、徐平、続け!
麗のいる場所がわかった!」
徐平の言葉に合点した英卓は、叫び出す前に走っていた。
宗家の広い庭には舟遊びが出来る池があり、池の傍には水面に映る月を愛でるために、広い縁のある瀟洒な小屋が建てられている。その後ろは、夏に涼しい日陰を作るために、枝を自由に張った巨木が植えられていた。
杭にもやられた小舟の中、小屋の床下、その気になれば木に登っても身は隠せる。
ただしそれは、そこへ無事に辿り着けばの話だ。
左右から白麗と嬉児に手を取られて引っ張られながら、もどかしく走る萬姜の足は何度ももつれた。
白麗や嬉児と同じよに身軽な体ではないと、思い知らされた。
早鐘のような心の臓はいまにも喉から飛び出しそうだし、肺の臓にいたっては、これ以上は息を吸うことは出来ないと言っている。
そして、目的の場所を目の前にして、とうとう、萬姜はつんのめって転んだ。
地に伏した彼女は最後の力を振り絞って言った。
「お、お、お嬢さま……。
どうかどうか……。
わ、わ、わたしのことはこのままにして、お、お、お逃げください」
しかし嬉児は母を引き起こそうとする手を離すことなく、白麗もまた萬姜の腰を抱いて立たせようとしている。
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