212 龍、再び……・その5



 荘新家の表座敷に、英卓と関景を中心にして表立ったものたちが集められた。

 いつもであれば算盤を睨んで、数字を書き込むのに忙しい家令の允陶までもが、声をかけられ末席に並んでいる。


 この一年で、荘新家の生業も手広く順調となり、適材適所に人材も集まった。

 また、右腕しかない英卓の傍にはいつも堂鉄と徐平がいて、こまかく世話を焼いているので、こちらも心配することはない。


 允陶は、荘新家の金の要り用と使用人の働きに目を光らせて、差配すればよいだけになっていた。

 しかし、いまや荘家は承家と懇意になり、宮中に参内し副妃や第四皇子にお目通りするまでの格式だ。


 そのために彼の家令としての沈着冷静さは、時に嫌味に感じられるほど凄みを増し、生き字引と呼ばれる頭脳はますます冴えわたっていた。

 彼の座った姿勢にみじんの隙もない。

 まっすぐに伸ばした背中から、ぴしりぴしりと音がしそうな雰囲気だ。


 その横で、頭を掻いたり着物の懐に手を入れたりと、蘇悦はせわしない。

 しかしそのような行儀の悪さが、彼なりの緊張の紛らわし方なのだとは、ここにいる誰もが知っている。





「……と、これまでが、さきほど、承将軍よりうけたまわった話のあらましだ」


 英卓が言い終わると、目を伏せ腕を組んで聞いていた関景が、うむと唸った。


「お嬢ちゃんを恨む亜月とかいう女の襲撃が、近いうちにあるということだな。

 そしてそれに、承将軍は助けの兵は出せないと……」


 皆に言い聞かせるかのように、彼は英卓の言葉を要約した。


「そうだ、関景爺さま。

 我々は、この事態を自分たちで乗り切るしかない。

 

 だが、亜月は奸計には長けるが、兵を動かせる立場ではない。

 また袁開元も亜月の私憤に付きあって、軽々しく挙兵することはない。

 うかつに挙兵して負けいくさとなれば、袁家一族の首が処刑台に並ぶ。

 彼も慎重にならざるを得ないだろう。


 ……と、これも承将軍の言葉だ」


「とすれば、襲撃の敵の数は多くとも数十人というところか」


「袁家についていたものたちが、続々と寝返っている。

 多くの手練れを集めるのは、難しくなっているに違いない」


 六十歳を過ぎた関景の顔が、まるで面の皮を反転させたように変わった。

 普段の好々爺の仮面がはらりと落ちて、阿修羅のごとき形相だ。

 地の底から湧き上がるような声を、彼は張り上げた。


「亜月とかいう女狐め。

 この荘新家を、よくも舐めおったものだ。

 皆のもの、女狐に一泡吹かせてやろうぞ!」


「おっ――!」

「おっ――!」

 関景の声に呼応した皆の雄叫びが、期せずして荘新家の屋敷を震わせた。


 その声に拱手した英卓が言った。


「皆のもの、済まない。

 面倒なことに、巻き込んでしまった」


 すかさず、関景が諫める。


「英卓、おまえが謝ることはない。

 男の野望にほどほどなどいうものは、存在しない。

 この安陽で、荘新家を立ち上げた以上、突き進むしかないのだぞ」


 そして、いつもの関景爺さまの顔に戻った彼は言葉を続けた。


「皆の命、荘新家があずかる。

 もし今回のことで、命を落としたものあれば、あとに残された家族の世話は必ず荘新家でみる。

 もし手足を失うものあれば、そのあとの生活の糧も、必ず荘新家が引き受ける。

 戦いの後のことを、憂うことはない」


 今度は誰も声を上げるものはいない。

 皆、深々と拱手すると、それぞれの持ち場へと戻っていった。










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