213 龍、再び……・その6



 部屋には、関景と英卓・堂鉄・徐平、そして允陶と蘇悦が残った。

 英卓が允陶に言う。


「おい、允陶、仔細はわかったな。

 おまえも算盤をはじき筆を持つ手をしばし休めて、常に傍らに刀を置いておけ。

 おまえの武術の腕ではなんの役に立たぬかも知れぬが、用心に越したことはない。


 それから、今回のことは萬姜には気取られるな。

 あれは、麗を守るためには己の命を捨てる覚悟の出来ている女だが、時に、それがはやりすぎて裏目に出る。


 麗が危険だと知ったら、何をしでかすか。

 男の我らには予想もつかぬ雌鶏めんどりだからな」


 雌鶏めんどりに例えられた萬姜の顔を、思い浮かべた男たちの間から笑いが起きた。


「そして、蘇悦兄。

 峰新とともに引き続き、峰さんが捕らわれている場所の探索を頼む。

 この屋敷の警護を固めると同時に、峰さんもまた救い出さねばならない」


「おう、任せてくれ。

 いつも亜月の馬車に撒かれると言っても、おれと峰新も手をこまねいているわけではない。


 特に、峰新とすばしっこい仲間たちはな。

 あいつらは、昼夜かまわず駆け回っている。

 亜月の住処がわからぬと言っても、空の上や地の底ではない。

 安陽の街中であるならば、いずれ突き止められるはずだ。


 ……となれば、時が惜しい。

 関景さんそして英卓、おれもこれで失礼する」


 そう答えて、蘇悦は刀を手に立ち上がる。


「では、私も」

 蘇悦を見送るために允陶も立ち上がった。





 一人去り二人去っていった部屋に残ったのは、英卓と関景、そして堂鉄と徐平の四人だ。堂鉄と徐平は、英卓の失った左腕の代わりであるから、いまは人としての気配を消し去ってる。


「どれ、おれも自室に戻り、これからの策を考えるとしよう」


 そう言って立ち上がろうとした関景は、英卓が胸の前で右腕を振り回していることに気づいた。


「英卓、何をしているのだ?」


「ああ、爺さま、これか?


 承将軍や爺さまが腕を組んで目を半眼にして考えている姿がかっこよいと思ってな。

 なんとか真似できないものかとやっているのだが。

 やはり、右腕一本では様にならぬようだ」


 その言葉に、いままで神妙に控えていた徐平が、こらえきれずにぷっと噴き出す。


「このような時に……」


「爺さま、そんな恐い顔をするな。

 若い徐平にはウケたぞ」


「おまえというやつは、不敵にもほどがあろう」


 片腕で腕を組むことを諦めた英卓は、その大きな右手の平で顎を撫でた。


「爺さま、案ずるな。

 今回のことには、こちらも無傷という訳にはいかないだろうが、それでも十分に勝算がある。

 亜月という女も、麗の命を狙うとは不運なことだ」


「そうか、おまえもそう思うのか、英卓?」


「ああ、そうだ、関景爺さま。

 慶央で、園剋が麗を襲った時と同じことが起きる。

 あの時のように、晴れた空がにわかに曇り、雨が降るかどうかはわからぬが。


 麗の命が危ういとなれば、また、あれがその姿を現す。

 今度は、その尻尾を捕らえてでも逃がすものか。

 おれは、どうしても、あれに訊かねばならないことがある」


 堂鉄と徐平は、懐かしい慶央の空の色と街並みを思い出していた。

 しかし、英卓の〈あれ〉という言葉には、二人そろって首を傾げるしかない。









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