168 承将軍、杖刑王妃と対決する・その15


 ことの成り行きの重大さにやっと気づいた正妃だっ。

 亜月と並んで、天子の足元にひれ伏す。


「天子さまより頂いた大切な玉の腕輪を盗んだおなごを、わたしは罰しようとしただけです。

 信じてくださいませ」


「正妃、言い訳はいらぬ。

 わたしは、自分の目で確かめに来ただけだ。

 噂には聞いていた。

 正妃宮では、取り調べもなく、人を杖刑に処し死に至らしめると」


 そう言いながら、彼は中庭に据えられている杖刑台を見やった。

 その視線をそらすために、正妃は天子の着物の裾を掴む。


「天子さまのお耳に、承将軍がどのような嘘を吹き込んだのかは存じません。

 しかし、わたしの言葉が真実です。

 信じてくださいませ」


「何度か、袁宰相に問うたことはある。

 人を死に至らしめるほどの杖刑が、本当に、正妃宮で行われているのかと。

 そのたびに宰相は、『正妃を妬むものたちの、心ない戯言にございます』と答えた。

 今となっては、真偽を確かめようとしなかったことが悔やまれる」


 見下ろすその目の色は、その声と同じようにぞっとするほどに冷たい。


「正妃、第五皇子の母であり袁宰相の妹であることも考えて、今は、命もその地位も奪わぬ。

 しかし蟄居を命じる。

 生を終えるまで、一歩たりとも、正妃宮を出ることは叶わぬと思え」


 正妃の手が力なく落ちる。

 天子は承将軍に向き直った。


「承将軍、副妃宮に戻るぞ。

 心優しい副妃が、さぞ、気をもんでいるに違いない」


 白麗の乱れた髪と着物をかいがいしく直していた千夏が答えた。


「副妃さまには、すでに、白麗お嬢さまの無事を知らせてあります」


「おお、そうであったか。

 承将軍、おまえの妹は気が利くな」


 正妃宮に来てより初めて、天子はその顔に笑みを浮かべた。


「確か、夫のいない身であると、副妃より聞いているが。

 私が、よい男との縁組を取り持ってもよい」


 その言葉に千夏は恥じらい俯く。

 天子が声を上げて笑った。


「将軍、どうやら、おまえの妹には意中の男がいるようだ」






 

「天子さまといえども、兄上がこのようなことを許すものか」


 膝の上に突っ伏した正妃が、幼子のように泣き叫んでいた。

 正妃の体の重さで、座り込んだ足に玉砂利が食い込んでくるが、亜月は痛は感じない。


「ええ、そうですとも。

 あとのことは袁宰相さまにお任せいたしましょう。

 正妃さまは、何も心配することはありません」


 こうなってしまった以上その言葉は気休めでしかないと思いながらも、正妃の震える肩を亜月は優しく撫で続けた。


 中庭では、承将軍の命を受けた禁軍の兵士たちが動き回っている。


 自害した宦官の遺体が運び出され、杖刑台も数人の兵士によって担がれ持ち出されようとしていた。

「そのようにおぞましいものは、打ち壊して焼き捨ててしまえ」と、天子が言い残したからだ。


 一人の兵士の足が、座り込んでいる正妃と亜月の前で止まった。


――おのれ、兵士の分際で、正妃さまを見下ろすとは!――


 見上げると、覚えのある美しい男の顔があった。

 女のように赤く形のよい唇の動きだけで、その男は言った。


――もしかして、亜月ちゃん?

 こんなところで会うなんて、信じられないわ――


 動く唇の形をそう読み取った女のほうは声が出た。


「峰さん!

 その姿は、なぜに?」






   <承将軍、杖刑王妃と対決する>終わり

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