164 承将軍、杖刑王妃と対決する・その11
目も開けられないほどに吹き荒れていた旋風が突然、収まった。
宦官に杖刑を命じる自分の声さえも耳に届かぬほどだった渦巻く風の音が、ぴたりと静まる。
顔を覆っていた金糸銀糸の刺繡も美しい着物の長い袖を払うと、正妃は周囲を見回した。
正妃宮の中庭には、白い玉砂利が敷き詰められている。
青陵国の東の山に山が重なる渓谷から切り出した白く輝く石を小さく砕き、一つ一つを人の手で丸く磨いたものだ。
それを十日に一度、奴婢たちが丹念に洗う。
そのために、正妃宮の中庭は、穏やかな海のさざめく白い波頭のごとく、いつもきらきらと美しく輝いていた。
「もし天界に海というものがあれば、それはきっとこのようなものに間違いありません」と、誰もが褒めそやした。
いま、その白い玉砂利は茶色い砂塵にまみれて輝きを失い、その上を無残にも千切れた木々の葉が覆っていた。
新緑の青い匂いがむっと鼻をつく。
視線を上にあげれば、これから涼やかな緑陰を作るはずの木々の枝が、真冬のそれのように裸となっている。
杖刑台の周りには板を振り上げていた宦官もいなければ、杖刑台に横たえられていた白い髪の少女もいない。
その代わりに、地から湧いたか空から降って来たか。
銀色の鎧も眩しい承将軍と兵士たちが立ち並んでいた。
我に返った正妃が叫んだ。
「承将軍、非礼にもほどがあろう!
そのように物々しい姿で、そのうえに兵まで率いて、正妃宮に押し入るとは!
よほど、その命が惜しくないと見えるな。」
正妃の脅しにおじることなく、拱手し恭しく頭を垂れた承将軍はよく通る声で答えた
「後宮に嵐が吹き荒れていると聞きつけ、正妃宮に大事があっては大変と、取るものも取らず参上いたしました」
旋風が吹き荒れたのは正妃宮だけであったことを、正妃もここにいたものも誰も知らない。
「なんと、承将軍。
おまえは妹の副妃の宮より先に、ここに参ったというのか」
人を恐怖で支配してきた正妃だったが、袁家の令嬢として大切に育てられそのまま妃となった彼女は、また世間知らずでもある。
承将軍の言葉は彼女の自尊心をくすぐった。
「当然でございましょう。
正妃さまは、天子さまが一番大切に思われている女人にございます。」
正妃は満足げに頷く。
承将軍は言葉を続けた。
「駆けつけてみますれば、杖刑の最中。
しかしながら、この白い髪のおなごは、副妃さまの客人と聞いております。
それがなぜ正妃さまの宮にいるのかと思い、差し出がましいこととは存じつつ、杖刑の中止を申し出た次第にございます」
「このおなごはな、大胆にもこの宮に忍び込み、わたしの大切な玉の腕輪を盗もうとしたのだ。
杖刑に処して当然であろう」
そう言いながら、玉の腕輪を嵌めた手を上げて見せた。
細い目をますます細めて、将軍は正妃の腕を見る。
「おお、これは美しい玉の腕輪にございますなあ。
ここからでも、その美しさは手に取るようにわかります」
「この玉の腕輪は天子さまより下されたもの。
この世に二つとない、秘宝中の秘宝だ」
「おお、それはそれは。
玉については、わたしも少々詳しくありますが、そのように美しい腕輪は初めて目にします」
「もちろん、そうであろうとも……」
緊迫した中で、なんと、正妃と承将軍の間で長々と玉談話が始まった。
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