165 承将軍、杖刑王妃と対決する・その12



 秋でもないのに、木々の葉が風に舞っている。


 侍女にそう教えられて、第五皇子の部屋から中庭の様子を窺いに来た亜月だった。

 中庭で荒れ狂う旋風にも驚いたが、承将軍の突然の登場にも驚いた。

 しかし、自分がしゃしゃり出ることもないだろうと、正妃と承将軍の会話を、彼女は柱の陰で聞いていた。


 嵐の様子を案じて正妃宮に来たと、将軍は朗々とした良い声で言っていた。

 そして、あっというまに、彼は杖刑台の上の女を救い出した。


 日頃の積りに積もった憂さを晴らすために正妃が考えついた、起きてもいない盗みという罪を作って進めた図り事だ。女を取り戻して再び杖刑台に据えるには、将軍にあれこれと言い訳する必要がある。


 追及されて辻褄の合わない嘘に気づかれたら、藪蛇だ。


 忌々しい白い髪の女を杖刑で死なせようとした企みは失敗したということに、正妃も気づいていることだろう。

 残念だが諦めるしかない。


 機会は、またそのうちに訪れる。


 将軍を言いくるめて追い返したら、今回のたくらみに関わった宦官たちは、正妃の兄の袁宰相に頼んで始末するとしよう。

 斬首宰相とあだ名されるあの男なら、誰の首でも喜んで刎ねるに違いない……。






 彼の四人の妻たちに贈った玉の腕輪について、将軍は語っていた。

 美しい玉の腕輪は、女の美しさをいっそう引き立てると彼は言った。


「もちろん、四人の妻の四個の腕輪を合わせても、正妃さまの美しさとその手を飾る玉の腕輪のすばらしさの足元にも及びません」


 承将軍の美女好きは安陽の都でも有名だ。

 その将軍が歯の浮くような世辞を言い続ける。


 彼が憎らしい副妃の兄であることを忘れて、正妃は高らかに笑った。  

 最近は天子の訪れもなく、仕えるものは皆、彼女の悋気を恐れて頭を垂れ目を伏せて言葉を発しない。

 頭に靄がかかったような日々が続く中で、久々に気が晴れたような気分がする。


「いやいや、将軍の妻たちも皆、美しいという噂を聞いている」


「滅相もない。

 それは根も葉もない噂にすぎません」


 今度は、将軍が高らかに笑った。


 傍目から見れば、後宮を与る正妃と禁軍を与る将軍が他愛ない世間話に花を咲かせていると見えるだろう。

 まるで旋風も杖刑騒ぎもなかったかのようだ。

 しかしなぜか、亜月の胸はざわついてきた。


 ――何かが、おかしい。

  見えていることに、騙されている――


 柱の陰より一歩足を踏み出そうとした時、伝令らしき兵士が中庭に飛び込んできた。


「将軍、ご報告があります」


 走ってきたと見えて、激しく上下する肩で拱手の礼をとると、兵士は将軍の耳元に何事かを囁いた。

 その言葉は聞こえないが、将軍が大きく頷くのは見える。


 任務を終えた伝令が走り去る。


 伝令に話の腰を折られたことで、この茶番劇をそろそろ終わらせるべきだと、正妃も気づいた。


「将軍、無駄話で引き留めてしまったな。

 そのおなごを連れて帰れ。

 盗みは大きな罪だが、おまえに免じて、杖刑は取り止めとしよう」


 わかりきっている礼の言葉などは聞く必要もない。

 美しい金糸の縫い取りのある裙子スカートの裾を、正妃は翻す。


「正妃さま、お待ちを!」


 先ほどまでの、世間話に興じていたものとはまるで別人の声の鋭さで、将軍がその背中を呼び止めた。






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