146 杖刑王妃、白麗を捕らえる・その3



「兄上さま、白麗さまをお連れいたしました」


 千夏に伴われて、宮中の執務部屋に姿を現した白麗を見て、承将軍の細い目がますます細くなり目尻が下がった。少女の機嫌は悪いようだが、その容姿はいつ見ても変わることのない愛らしさだ。


「お嬢さんちゃん、よく来てくれた。

 副妃さまも第五皇子もお待ちかねだ」


 いや、副妃と第五皇子だけではない。

 偶然を装って、天子も聖姿を見せる手はずとなっている。


 しかしそれは、禁軍を束ねる大将軍であっても口に出来ない。

 正妃への配慮というものがある。

 だがこのように気を遣っても、最近、天子がその足を副妃の宮殿ばかりに運んでいるのは、後宮においては周知のことではあった。


 




 千夏と白麗の前に置かれた茶が冷めた頃、やっと副妃の使いの宦官がやって来た。


 彼は承将軍に向かって恭しく揖礼すると、顔を上げることなく言った。


「承将軍さま、失礼いたします。

 副妃さまより、わたくしが千夏さまと白麗さまをご案内するようにと命じられました」


「えらく遅かったな。待ちかねたぞ。

 では、二人を頼む」


 白麗を見つめていた視線を宦官に移すと、将軍は上機嫌な声で言った。

 しかし、その声が怪訝そうに曇る。


「聞き慣れぬ声だな」


 高く前に突き出した両腕の中に顔を埋め、ますます腰を低めて宦官は答えた。


「第七王妃から副妃への昇格に伴い、天子さまが宦官と侍女を五人ずつ、副妃さまに下されました。

 わたしはその中の一人でございます。

 いろいろと忙しく、承将軍にはまだご挨拶申し上げておりませんでした」


 昇格し広い宮殿に屋移りしたこともあるが、常軌を逸してきたと噂のある正妃に替わって、後宮を纏めることにも多忙な副妃だった。


「忙しいことは何よりだ。

 しかし、副妃さまには、ご自分のお体もご自愛戴かねば」


「将軍様のお言葉として、副妃さまにお伝えいたします」


 じれた千夏が口を挟んだ。

「兄上さま、お話はそれくらいにしてくださいな。

 これ以上、白麗さまを引き止めては、副妃さまと第五皇子さまにわたしが叱られてしまいます」


「おお、そうであったな。

 すまないことをした」


「では、千夏さま、白麗さま、参りましょう」

 

 揖礼のままずるずると下がった宦官が、扉の前で背を見せる。

 不安げな表情を浮かべた白麗が、英卓の姿を求めて周囲を見回した。

 千夏が少女の手を取り、励ますように言う。


「白麗さま、後宮には、禁軍の兵士でもないかぎり男の英卓さまたちは入れないのです。

 別部屋でお待ちであれば、さあ、わたしたちは参りましょう」


 千夏の言葉に、宦官が先頭となって部屋を出て、そのあとに千夏と白麗が続き、三人の侍女たちも一歩踏み出した。

 その時、将軍の大きな声が飛んできた。


「そうであった、千夏。

 おまえに話し忘れていたことがある」


 びくりと宦官の背中が跳ね上がる。


「まあ、兄上さまったら……。

 しかたがありませんね」


 千夏は大きなため息を吐き出し、そして一人の侍女に言った。

 三人の侍女の中で一番気の利く年かさの女だ。


「おまえはここに残りなさい。

 あとの二人は、白麗さまと共に参るように。

 これ以上、副妃さまをお待たせしてはなりません」


 





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