147 杖刑王妃、白麗を捕らえる・その4



 鼠色の着物を着た宦官が先頭を歩く。


 承将軍との会話の声からは、まだ若い男と思われた。

 だが、常に伏せている顔は、目深に被った布帽子で隠れている。

 彼の丸めた背中は年寄りのようであり、小幅でちょこちょこと急いた足取りは幼児を思わせる。卑屈に耐えるしかない彼の日々は、その姿形さえも変えた。


 正殿の裏にある門で門番より誰何を受け、案内の宦官と白麗と侍女たちは後宮に入った。


 慣れ親しんだ場所に戻ったせいか、宦官の丸まった背中が心待ち伸びて、足取りが急に早まる。


 そのせいで、白麗と侍女たちの間が少しずつ開き始めた。

 だが、二人の侍女たちはお喋りに夢中になっていて、そのことに気づいていない。


 女主人の千夏も口煩い監督役の年かさの同僚もいない。

 二人は馬車を降りてより、喋りたくてたまらなかったのだ。






 片腕ではあるが、荘英卓はなかなかに美しい顔立ちをしたよい男だ。

 彼にいつもぴたりと付き従っている若い徐平は、白麗奪還の時に活躍し、峰貴文の芝居にも取り上げられて安陽で話題の男である。

 そして巨躯の堂鉄は、好みの分かれるところではあるが、体が大きく寡黙な男がよいという女も多い。


 しかし、峰貴文の妖艶な男ぶりは、その三人を束にしても別格だった。


 今朝、白麗との別れを惜しむ萬姜の傍に彼女たちが立っていると、騒々しく喋りながらその貴文が現れた。


 荘家の他の護衛たちと同じお仕着せの着物に皮鎧という格好でありながら、その姿は永丹州の言葉通りに、人目を引いた。そして彼は、千夏と白麗の乗った馬車に続いて乗り込もうとして、大男に襟首をつかまれ引き戻された。


「峰さんは、あちらの馬車だ」


「えっ、堂鉄ちゃん、そんなこと言って。

 あたしに意地悪なのは允陶ちゃんだけじゃないのね」


 その声を無視して、峰貴文に見とれている女たちをちらりと見やると、大男は言葉を続けた。


「済まぬ、おまえたち。

 峰さんは事情があって馬に乗ることが出来ない。

 宮中に着くまでの、しばらくの辛抱だ。

 おまえたちの馬車の隅に、この男を乗せてやってくれ」


 千夏と白麗の乗った馬車の乗り口に下がっている垂れ幕を、無念そうに見つめていた峰貴文だった。しかし、とらえどころなくちゃらちゃらとしているようで、彼は客の贔屓に敏感な役者稼業だ。

 その変わり身の早さは、舞台で鍛えられている。

 突然の成り行きに声も出ない侍女たちを見つめて、彼は言った。


「あらあ、なんて美しいお姉さまがたなんでしょう!

 こんな美しいお姉さま方とご一緒できるなんて、あたしって安陽一の幸せ者だわ」


 この世に女は彼女たち三人しかいないと、彼の目は語っていた。


「袖すり合うも、何とかの縁っていうでしょう。

 お姉さまがたのお名前を教えてね。

 あっ、あたしは峰さんでいいわよ」


 それから半刻の間、狭い馬車の中で、女たちは夢のような楽しい時を過ごした。

 ずっと喋り続け女たちを笑いの渦に巻き込んだ貴文は、最後に言ったのだ。


「ぜひ、皆さんお揃いで、あたしの芝居を見物に来てね。

 最近のあたしはあまり舞台に立たないのだけど、お姉さまがたが来て下さる日は、特別よ。頑張って演じるわ」


 それで二人の女たちは、女主人に休暇を願い出る日や、芝居見物に着ていく着物のことなど、喋りたいことは山のようにあった。









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