145 杖刑王妃、白麗を捕らえる・その2



 峰貴文の聞えよがしな声が響き渡る。


「あたし、前にも言ったでしょう?

 こんなダサい着物は嫌だって。

 きらきらした派手なのを新調しておいてって、頼んでいたのに。

 ほんとに、允陶ちゃんって意地悪なんだから」


「峰さん、言葉を返すようだが、お仕着せとはそういうものだ。

 峰さんだけを特別に扱うことは出来ない」


 生真面目で融通の効かない允陶が、真っ赤な顔をして言い返す。

 医師の永但州が、やれやれといった顔をすると二人の仲裁に入った。


「まあまあ、峰さん、機嫌を直せ。

 允陶が困っているではないか。

 峰さんは不満かも知れぬが、その地味な着物は、峰さんの男ぶりをますます引き立てていると、おれには思えるぞ。

 おれが若い女でないのが、残念だ」


「あら、そうかしら?」


 永但州の言葉に機嫌を直した峰貴文は、男も悩殺する笑顔を見せた。

 そして、関景と談笑している千夏と英卓を見やると、その芝居で鍛えた朗々と響く声を張り上げる。


「千夏ちゃん、英卓ちゃん、お待たせよ。

 さあ、天子さまの住まわれる宮中に、みんなで出発しましょう!」






 これから書く芝居の参考にしたいと、いつもは背中に垂らしている長い髪を無粋な男髷に結いあげ女装も解いて、興味本位で承家の宴に参加した貴文だった。


 しかし、質素な着物に武骨な皮鎧であっても、彼の妖艶な姿は人目を惹いた。

 本人は隠れていたつもりだったが、承将軍に見つかり、そして将軍は貴文を気に入った。


 英卓と白麗の参内に、荘新家の護衛の一人として、彼も連れて来るようにと将軍は英卓に命じた。


「宇項兄、あの時は、強引な峰さんに負けて、失礼なことをしてしまった。

 申し訳なく思っている。

 しかし、今度は宇項兄の屋敷ではない。

 怖れ多くも天子さまの住まわれる宮中。


 我々と違って峰さんは、市井で気ままに暮らしている自由人。

 それをなぜに?

 かえって面倒が起きねばと、そのほうが心配だ」


 そう訊く英卓に将軍は答えた。


「なぜかと改まって訊かれると、おれも答えに困るのだが。

 代々の武人である承家の男に備わった勘というものかも知れんな。


 膠着状態に陥った戦場に、思いもつかぬものを投げ込むと、よい方向に動くことがある。このたびの峰さんと荘家のお嬢ちゃんは、我々と袁開元との戦いの場に投げ込む、その思いもつかぬものという訳だ。


 思いもつかぬもの達ゆえに、袁開元・正妃そして亜月、いずれかのものが油断するに違いない。

 我々はそれに賭ける」


「将軍の悲願は、おれも悲願でもある。

 そのためになら、このおれと荘新家の血気に逸るものたちの命は、差し出してもよいとの覚悟はある。

 このことは、おれが慶央で野盗に襲われていた沈爺さまを助けた時から、決まっていた天命に違いないとさえ思う。


 だが、麗と峰さんには関係のないことだ。

 二人を巻き込むことは出来ない」


 英卓の言葉に、滅多に人には下げぬ頭を下げると承将軍は言った。


「二人の命は、このおれと禁軍の兵士五千人に替えても必ず守る」






 承将軍と英卓の間で交わされた会話を、白麗と峰貴文は知る由もない。


 しかし二人がその胸の内に抱くそれぞれの理由は違っていても、彼らのこの世での生き難さは同じだ。

 そのために培った勘のよさも似ている。


 それで白麗は参内を嫌がり、毎度毎度、峰貴文は允陶を相手に騒ぎを起こしていた。









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