116 六十年ぶりの再会・その2



 部屋の真ん中に置かれた大火鉢の中で、山のように積まれた炭が赤く爆ぜている。

 外の寒さが嘘のようだ。


 承家に招かれたものたちは外衣マントを脱いで承将軍の前に立ち、英卓から始まって一人一人、仰々しくも型通りの挨拶の言葉を述べた。


 皆の中で、まだ承将軍に会っていないのは、関景だけだ。

 関景の礼を受けたあと、承将軍は言った。


「おお、あなたが関景さんか。

 いかにも参謀らしいよい顔をしている。

 すでに聞き及びとは思うが、おれは英卓を弟と思っている。

 これからもおれの大切な弟に心を砕いてやってくれ」


 関景の老いた顔がほころぶ。


「この英卓、若輩ものながら、なかなかに出来た男にございます。

 将軍のお引き立てがあれば、ますます活躍しましょう」


 その言葉に承将軍は満足げに頷いた。

 そして皆の顔を見回すと言葉を続けた。


「はて、客人はもう一人いたはずだが。

 沈ご老人の馬車から最後に降りてくる若い男を見たぞ。

 遠目ではあったが、女が放っておかぬような美形に見えた……」


 沈老人の馬車に乗っていた若い男といえば峰貴文しかいない。

 萬姜をからかいながらも、将軍の武人としての目はしっかりと周囲を見ていたという訳か。


 苦笑いを隠し切れない関景が答える。


「あれは警護として連れてきたもの。

 ゆえあって馬に乗れないために、やむなく馬車に乗せた次第」


 やはり峰貴文を馬車に押し込んで正解だった。

 騎乗した妖艶な若武者姿を、安陽の女たちは目敏く見つけたはずだ。

 今ごろは女たちに囲まれて、街中で立ち往生していたことだろう。


 関景の奥歯にものの詰まったような言い訳に、ことの真相はいずれわかることと承将軍も思ったようだ。

 それ以上追及してこなかった。


 彼は改めて皆の顔を見まわして言った。


「皆の顔を見るのは、夏の宮砂村以来だな。

 あれから半年が過ぎたのか。

 時の経つのは早いものよな。

 皆、息災なようで、喜ばしいことだ」


 再会を喜ぶ大将軍・承宇項の話し方は快活で豪胆。

 肌の色は浅黒く厚い瞼の下の細い目から漏れる光は、柔和でもあり鋭くもある。


 しかしながら、半年ぶりに彼を間近で見る皆は気づいていた。

 表情豊かな彼の顔の頬の肉が落ちて、たくましい背幅が少し縮まっていることを。


 六十年ぶりに禁軍の大将軍に返り咲いたことはめでたいことではあったが、袁家が牛耳っていた宮廷警護の諸々を引き継ぐのは、生易しいことではない。

 天子の勅令があったにもかかわらず、何度もあからさまな抵抗にあった。

 それをかろうじて弁舌と武力で抑え込んでいるところだ。

 気苦労の絶えない日々が続いている。


 そのうえに皇太子冊封を目の前にして、宰相・袁開元の妹である正妃の気性の激しさは、常軌を逸脱し始めている。

 そして彼女の傍に侍っている亜月という老女にいたっては、その醜い容貌の下で何を企んでいるのか。


 そんな後宮にあって、妹の第七王妃と甥である第五皇子の身を守るのも彼の仕事だ。しかし今日の彼は、すべての気苦労を忘れて、旧友たちとの再会を楽しむのだと決めていた。


 もし白麗の機嫌がよければ、その笛の音も聴きたい。

 あの笛の音は人の心に何事かを囁く。

 その声に身を任せれば、何ごとかがよい方向へと動き出すような予感がしていた。



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