115 六十年ぶりの再会・その1


 英卓たちの道中を、承宇項は部下の兵士に見張らせていた。

 それで、英卓たちが到着した時、彼は屋敷の前に立っていた。


 建て替えたばかりの大門の柱の赤い漆は艶々と美しい。

 そして、その前に立つ宇項の顔は、初春の青い空のように晴れ晴れとしている。


「英卓、よく来てくれた。

 待ちかねたぞ」


 大将軍という地位にありながら、彼の人柄は気さくだ。

 黒輝のくつわを手繰りよせて英卓の下馬に手を貸す。


 彼は黒輝を褒めることも忘れなかった。

 馬の鼻面を撫でながら言った。

 その口調には、黒輝を手に入れ損ねた武人の悔しさも滲んでいる。


「まことに惚れ惚れとするよい馬だ。

 このような名馬が慶央にいたとは……」


 白麗と英卓以外には馴れようとしない黒輝だが、将軍の称賛は素直に受け入れた。

 英卓に生皮を剥ぐと脅されて、気分を損ねていたところだ。

 唇を捲りあげて歯を見せて笑う。


「おお、この馬は人の言葉を解するぞ!

 なんと賢い!」


 馬車の乗り口から白麗が顔を覗かせた。

 今度は、少女に手を差しだして彼は言う。


「髪の白いお嬢さん、久しぶりだな。

 風邪などひかずに息災であったか?

 我が屋敷の女どもが、美しいお嬢さんに会うのを楽しみにしている」


 しかし、馬の黒輝と違って、将軍の称賛の言葉は少女の耳には届いていない。

 男の手にその身を任せながらも、白麗の目は正面の大きな屋敷を見ていた。


 荘家の屋敷から出ることもなく寒い冬を過ごした。

 久しぶりの外出だ。

 それも美しく着飾らせてもらったうえに、大好きな英卓や慣れ親しんでいる屋敷の皆も一緒だ。

 彼女の頭の中には、これから起きる楽しいことへの期待しかない。


 将軍の手を借りて白麗が馬車から降りると、嬉児が出てきた。

 身軽な彼女は大人の手を借りることなく、馬車から飛び降りる。

 そして最後に、萬姜が馬車の垂れ幕を跳ね上げて顔を出した。


「萬姜、久しぶりだな。

 安陽の冬は寒いが、おまえも息災でいたか?」


 笑みを浮かべて、再び、宇項は手を差しだした。


「まあ、大将軍さま。お元気そうで何よりでございます」


 萬姜は目の前の手にすがろうとした。

 そして慌てて手を引っ込めた。

 彼女は気がついたのだ、その手が誰の手であったかを。


「わたしごときに……。

 もったいないことにございます」


 慌てて馬車の中に後退りかけた萬姜の手を、宇項はしっかりと握った。


「いいのだ、いいのだ。

 こういう場合は、大将軍さまの手であろうと猿の手であろうと、利用しないほうがもったいない」


 横から英卓が口添えをする。

「萬姜、将軍の言葉に従え」


「は、はい、英卓さま。

 で、では、大将軍さま、お、お言葉に甘えさせていただきます」


 すでに馬車から降りていて、承宇項のすることを見ていた男たちから笑いが起きる。


 萬姜の度を越したうろたえぶりは面白い。

 しかしながら、承宇項の女好きは、この安陽では有名だ。

 彼の相手を選ばぬ女への手練手管を見せつけられて、起きた笑いでもある。


 緊張で棒のように体をこわばらせた萬姜を馬車から降ろすと、彼は振り返って皆に言った。


「このような往来で長たらしい挨拶は寒いだけだ。

 さあ、屋敷に入ってくれ」






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