114 幕は切って落とされた・その3
「たかが戯作者風情のあたしが、大将軍さまのお屋敷に招かれるなんて、金輪際、あり得ないこと。
だから、あたしもついて行きたいって、関景ちゃんにお願いしたのよ。
そうしたら、男の姿で、堂鉄ちゃんと徐平ちゃんの後ろに隠れているのだったらいいって、言われたのよね」
男の格好が気に入らないのか。
おとなしくしていろと関景に言われたのが無念なのか。
その口調は、相変わらず憤懣やるかたないといった感じだ。
……自分と徐平の仕事は、英卓の警護と左腕のない彼の補佐だ。
そのために目立たないことが身上であるのに、この女のような男のお守りもせねばならぬのか。
承家の屋敷で面倒が起きねばよいが……
堂鉄が考えを巡らしていると、徐平が調子よく言った。
「そういうことなら、堂鉄兄とおれに任せてくださいよ」
しかたなく堂鉄も答える。
「関景さまの指示とあれば……。
しかし、峰さん、その女言葉は困る。
承家のお屋敷では、口を閉じてくれ」
「あらあ、堂鉄ちゃんまで、あたしを苛めるのねえ」
拗ねた女のように、貴文は口を尖らせた。
「そ、そんなつもりでは……」
融通の利かぬ
後ろから賑やかな人の気配がする。
英卓が長身を折って、白麗に話しかけながらこちらに近づいてくる。
見上げる白麗も楽しそうだ。
その後ろに、萬姜と嬉児、関景と医師の永但州、そして沈家のものたちが続く。
見送りの允陶もいた。
長くかかった女たちの身支度も終わって、出発の時間が来た。
堂鉄の浅黒い顔が引き締まった。
「徐平、行くぞ。油断するな。
峰さんも、馬車に乗ってくれ。
くれぐれも目立たぬようにな」
お調子者の徐平にからかわれ、貴文の人を食った言葉で弄ばれた堂鉄は、もうここにはいない。
馬車と並んで待っていた馬の黒輝が、白麗に鼻面を寄せてきた。
すかさず、英卓は白麗と黒輝の間に割って入った。
「おいおい、黒輝、麗の
それも、第五皇子からの大切な贈り物だ。
おまえの汚い鼻水で汚したりしてみろ。
その黒い皮を剥いで売っても、言い訳にはならん」
白麗に甘えられなかったせいか、それとも言われようが気に入らなかったのか。
黒輝が苛立たしそうに首を振った。
英卓は笑いながら馬の首を軽く叩いて落ち着かせる。
白麗と萬姜と嬉児が先頭の馬車に乗り込んだ。
沈家のものたちも自分たちの馬車に乗り込む。
馬に乗りたがった貴文だが、道中に目立つことを怖れて、関景と永但州と同じ馬車に乗せた。
英卓が黒輝にまたがり、続いて堂鉄と徐平も騎乗する。
それを合図に隊列はゆるゆると進み始めた。
初春の青い空の下、柔らかな陽射しの下で霜が解け始めている。
そこかしこで陽炎が立ち、温まり始めた大気が空へと昇る。
英卓は知っていた。
荘家と白麗を巻き込む形で、沈老人が何ごとかを企んでいることを。
それに承将軍が一枚噛んできたことも。
だが、もう、引き返すことは出来ない。
黒輝の背中の筋肉が規則正しく動いて弾む。
ここちよい揺れだ。
峰貴文ならきっと言うだろう。
「幕は切って落とされたわ。さあ、皆、それぞれの役を演じるのよ!」
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