082 第五皇子の初恋・その9
英卓が率いる荘新家のものたちが宮砂村に来てより、五日目の朝が明けようとしていた。
格子に繊細な細工を施した絹張りの窓の外が白々と明るんでくるのを、沈明宥は寝台に横たわったままで見ていた。
小鳥のさえずりも少しずつ賑やかになってくる。
人は年を重ねるほどに、朝早く目覚めるようになる。
それは彼も例外ではない。
しかし、「朝早くから、爺さまがばたばた動き回っていたら、使用人たちがおちおちと寝ていられないだろう」と、孫の如賢に言われた。
安陽で営む薬草問屋〈健草店〉は父や叔父や他の兄弟たちに任せて、如賢の仕事は祖父のお守り役だ。
今回も、身重の新妻の梨佳とともに、宮砂村の夏の別邸に同行している。
梨佳は萬姜の娘であり、英卓の父・荘興の養女でもある。
何かと都合もよい。
ということで、明宥は孫の言葉に従い、朝の半刻はこうして布団の中で過ごすようにしている。残り少ない人生を思えばもったいない時の過ごし方だが、今朝の彼にはじっくりと考えたいことがあるので苦ではない。
承将軍と英卓の顔合わせはうまくいった。
この五日間の二人は、昼は海辺で泳いで過ごし、夜は招き招かれで酒を飲みかわしている。
将軍は英卓を気に入って、「弟が出来た」とまで言った。
そして、第五皇子が白麗に惚れたようだ。
これは計算外だったが、彼の企てを阻むようなことではない。
だが、明日の朝に英卓たちは安陽に戻る。
そしてまた、自分たちもぼちぼちと荷造りを始めて、宮砂村に秋風が立つまでには安陽に戻らねばならない。
その後は、承将軍もしばしの夏の休暇を終えて北方の警備に戻り、第五皇子も宮中の母の妃の元へと帰るだろう。
彼の企みは、ここまでは順調に運んだ。
この後、何が起きる?
この後、何をすればよい?
半刻を寝台の上で過ごして考えを巡らせても、その答えは浮かばない。
「爺さま、お目覚めか?
知らせたいことあるのだが、起こしてしまったのであれば、申し訳ない。」
部屋の外で、如賢の声がした。
遠慮がちの小声ではあるが、抑えきれない興奮が、その口調に感じられる。
「なんのなんの、年寄りの朝は早いのだ。
わしが目覚めて、もう半刻はたっておるぞ。
遠慮などいるものか」
その声に如賢はするりと部屋の中に入って来た。
そして、素早く擦り寄ってきて、寝台に身を起こす明宥の背を支えた。
「明日は、英卓さんが安陽に帰られる。
それで、今日は承将軍の天幕で別れの宴を催すとのことだったが、そのことで、なんぞ障りでも起きたか?
それとも梨佳が産気づいたとか。
いやいや、それはいくらなんでも早いな」
それに答えずに如賢は祖父の前にかしこまって座る。
何やら言いたそうで、でも言うのを先に延ばして、年寄りの反応をみようと魂胆らしい。
……そういえばこの孫は幼い時より、美味いものを取っておいて、最後に人に見せびらかしながら食べる男だった……
その顔つきから悪い話ではないようだ。
明宥はじれてきた。
今度は怒りを含ませた声で言った。
「如賢、いい加減にせよ。
もったいぶらずに早く言え。
年寄りは気が短いのを忘れたか」
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