080 第五皇子の初恋・その7
承将軍が言い終ると、腰をかがめたままの英卓は首をひねって、拱手のために前に突き出した右手の隙間より将軍を覗き見た。
肩がかすかに揺れている
その顔は笑いをこらえている。
それを見た将軍は、再び目を細めてにやりと笑うと言った。
「荘さん、皇子を困らせるのはそこまでにして欲しいものだ。
なんせ、皇子はまだ十三歳であらせる」
英卓の深々とした拱手と朗々とした声で述べた謝罪、そして将軍の洒脱な皇子への問いかけ。すべてはこの場の緊迫した雰囲気を和らげるために、男二人が阿吽の呼吸で成したこと。
周りを取り囲んでいたものたちがやっとそのことに気づく。
彼らは詰めていた息を吐き、そしてどっと笑った。
その笑い声で、大人の男二人にからかわれたと皇子は知った。
顔を真っ赤にしながらも、しかし、彼は十三歳にしては聡明だ。
伯父の将軍は命をかけて青陵国北方の警備に当たっている。
またこの荘英卓という男も、命をかけて黒イタチを打ち倒して、かどわかされていた白麗を助けたと聞いている。
そのような男たちのあざやかな駆け引きの手口を目の前で見ることが出来たのだ。
彼の勉学の師である雲流先生にこのことを話せば、「将来や必ず人の上に立つ身である皇子よ、その経験は誉れ以外のなにものでもございません」と、きっといつものくそまじめな顔で言うことだろう。
そして何よりも、真白い髪の少女に笑顔が戻った。
何がどうなったかは理解できていないが、緊張していた場の雰囲気が一瞬にして和んだのはわかったようだ。
ほんとうに愛らしい少女だ。
「おなごの可愛らしが美しさに変わる、ほんの一時の存在。
夏の早朝に、殻を破って出てきた蝉の、朝日が差すまでの透ける羽」
美しい妻を幾人も持つ将軍は白麗についてそう語ったが、まだ妻などいない皇子にそのような例えはわからない。
ただ、いつまでもその顔を眺めていたい。
しかしながら、そう思うことがなぜか気恥ずかしくてたまらない。
堂々巡りの不思議な想いがあるだけだ。
明日また、この美しい友人とこの海で遊べるのかと思うと、彼の顔はよりいっそう赤くなり火照った。
その時、後ろより下使えのものの声がした。
「第五皇子さま、お着替えの用意が出来ております。
天幕のほうへお戻りくださいませ」
皇子の去ったあと、再び背筋を伸ばした英卓は白麗を見下ろして思った。
……麗、感謝しろ。
おれの助けがなければ、おまえの首は、その胴から離れていたのだぞ……
久しぶりに見る少女はほんのりと日焼けして、鼻の頭が赤い。
毎日、楽しく海で遊んでいる証拠だ。
むき出しの手足の金色の産毛に、まだ乾いていない水滴が丸い小さな銀の玉となって輝いている。
……沈老人の目論見通り、日がな一日遊びまわって、元気そうなのは何よりだが。
しかしながら、その格好はどうなっている?……。
袖のない打ち合わせの上着に、下は膝小僧が見えそうな股割れ《短ズボン》だ。
海の中で着崩れないようにと、銅には赤い布を幅広く巻いてしっかり結んではいるようだが。
その赤い布というのがどう見ても半裸の男たちの褌と同じ布だ。
……海に深く潜って貝を採る海女がいるとは聞いている。
この格好は、その真似か?
萬姜がついていながら、麗にこんな格好をさせるとは……
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