079 第五皇子の初恋・その6
「第五皇子もすでにご存じであられることと思われますが、この麗は、言葉が不自由でございます。人の言葉を理解できず、また自分の想いを言葉にして口から発することも難しいのです。
しかしそれであっても、第五皇子のやんごとなきお体を叩くなど、決してあってはならぬこと。今回のすべての非は、この麗に、世の中の
第五皇子に深くお詫び申し上げます。
どうか愚かな麗に代わって、このおれの身をいかようにも罰してください」
朗々とした声でそう言い終えると、英卓は先ほどよりもまた一段と腰を低くして拱手の礼を取った。
自分のしでかしたことで、不穏な雰囲気が漂うことになったのは白麗にもわかるのか。英卓と第五皇子の間に立ったまま、不思議そうな顔をして、二人を交互に見ている。
海よりも透き通った金茶色の美しい目が輝いている。
だが、自分の行いの何が悪かったのかと問われれば、決して答えることの出来ないその目の色だ。
第五皇子は固まったままだ。
少女に腕を叩かれて驚いて、そのあとすぐに少女の兄だと名乗る男が現れた。
その男は、短く切った前髪で、顔左半分の火傷のあとを隠している。そして左腕がなく、突きだした右腕だけで拱手したまま、自分の言葉を待っている。
しかし皇子は口を開きたくても、頭の中に言葉のひとかけらも浮かばない。
彼は横に立つ少女を見た。
この夏に、宮砂村の海で得たばかりの、髪の真白い美しい友人。
彼と変わらぬ背の丈で色白く、ぽきりと折れそうな華奢な体をしている。
しかし、彼より泳ぎが上手い。
身分卑しきものであるのに、彼女のすることは誰はばかることがない。
皇子として育った身では、それを腹立たしく思うこともたびたびだ。
先ほど思わず髪を引っ張ってしまったのも、いとまも告げず自分の前から去ろうとしたからだ。
しかしながら、明日また逢う約束をして別れながら、叶うものなら帰り道を引き返してすぐにでも少女に逢いたいと思う。
夜中に目覚めてふとその白い顔を思い出すと、胸が痛いほどに疼く。
皇子は再び、長身を深く折り曲げて頭を下げている目の前の男を見た。
いま自分がこの男に不用意な言葉の一つでも言えば、横に立つ美しい友人を永遠に失うことになるに違いない。その恐ろしさに、足元の砂は夏の陽に焼けて暑いはずなのに、彼の体は冷たく凍りついている。
その時、承将軍の上機嫌な声が飛んできた。
「いやいや、荘さん。
今回のことは、白麗にもまたその兄上である荘さんにも、まったく非はない。
おなごの髪を引っ張るなどと、おなごが一番嫌がることをした皇子がよくない」
そして、その細い目をいっそう細めてにやりと笑うと、言葉を続けた。
「皇子よ、御年は、お幾つとなられました?」
将軍の問いの真意がわからず、一瞬、皇子はいぶかしそうな顔をした。
それでも、やっと言える言葉の見つかった喜びに安堵が勝ち、彼ははっきりとした声で答えた。
「十三歳となりました」
「おお、もう十三歳となられましたか。
なんとなんと、月日の過ぎるのは、早いことにございますな。
赤子の皇子をこの腕に抱いたのが、昨日のように思い出されますぞ。
しかしながら、皇子も十三歳となられたのであれば、そろそろこの将軍が、可愛いおなごに優しく接する秘策を教えて差しあげねばなりませんな」
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