059 <荘新家>の名、安陽に轟く・5



 英卓と堂鉄・徐平の三人にとって、五日ぶりに戻って来た荘家の屋敷だった。


「無事のご帰還、安堵いたしました。

 関景さまと、永先生がお待ちです」


 門の外まで迎えに出ていた允陶が言った。

 感情などないかのような、いつも通りの慇懃無礼な声であり物腰だ。

 血に染まった白麗を見て、腰を抜かした五日前の醜態はなかったかのようだ。


「留守の間、いろいろと苦労をかけたな」


「いえ、それがわたくしの仕事でございますれば」

 軽く拱手して応えた允陶は、くるりと背中を見せて前を歩く。


 允陶のあとに続いて一歩を踏み出して門をくぐった英卓だった。

 しかし、ふと立ち止まり呟く。


「慶央を思い出す……」


 後ろに従っていた堂鉄が、若い主人の想いに短く答えた。

「確かに」


 



 屋敷の中は、五日前と明らかに違う。


 英卓たちが牢にいる間に、爽やかな初夏は過ぎ去っていた。

 本格的な夏を安陽は迎えていた。


 南北に細長い青陵国にあって、安陽は慶央よりずっと北にある。

 だが、山に囲まれた盆地という地形のために、冬の寒さは厳しく夏は蒸し暑い。

 立っているだけでも、背中に汗が伝う。


 屋敷の中の変化は、季節が変わったせいだけではない。


 英卓たちの姿を認めて立ち止まり、頭を下げそしていそがに去っていく屋敷のものたちの顔が晴れ晴れと明るい。


 昨年の夏の終わりに慶央を出立して、その年の暮れに安陽に着いた。

 ここに屋敷を構えて荘新家を立ち上げて、はや半年が過ぎている。


 しかし、知恵者・関景の画策と沈老人の助けがあっても、荘新家としての名分の立つ仕事もなく、また働きもしていない。

 若宗主と呼ばれても、それは実のない呼び名だ。

 誰に言われなくとも、忸怩たる思いで英卓自身が痛感していた。


 今は違う。

 屋敷の中に、体の引き締まる緊張感と漲る活気がある。

 この凛と張りつめた感じは、懐かしくも、慶央の荘本家屋敷と似ている。


 黒イタチ討伐と白麗奪還で、荘新家の名を安陽に轟かせた<あかし>だ。






「英卓。牢の中での暮らしは、なかなかに快適であっただろう?」


「はい、お陰様で。

 何よりもこのたびの麗の無事の奪還は、爺さまと沈ご老人の尽力がなければ、成し得なかったこと。

 心より有り難く思っています」


 そう言って英卓は深々と頭を下げる。

 関景は顔の前で手を振り、上機嫌な声で答えた。


「いやいや、そのように改まることはない。

 おまえのことだから、すでに気づいているであろう。

 これから忙しくなるぞ。

 覚悟せよ」


「はい。この雰囲気……。

 慶央の父上の屋敷を懐かしく思い出しました」


「よくぞ言った。その通りだ」

 関景が満足げに大きく頷く。


 次に英卓は医師の永但州に向き直り、再び深く頭を下げた。


「死人も出ず、深手を負った者の回復も順調と聞いております。

 永先生、このたびは誠にありがとうございます」








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