060 <荘新家>の名、安陽に轟く・6



英卓の言葉に、但州もまたその顔の前で手を振った。


「いやいや、医師として当然のことをしたまでのこと。

 このたびのことは、関景さんと沈ご老人の周到な用意と、皆の命を張った果敢な働きがあってのことだ」


 但州の言葉に、関景が再び大きく頷く。


「英卓、いつまでそんなところでかしこまっているのだ。

 さあ、こちらに来て座れ」


 荘新家の宗主が座るべき上座を、関景は指し示す。

 そしてその言葉に従いその席に落ち着いた英卓を見て、彼は目を細めて言葉を続けた。


「これで、名実ともに、おまえは荘新家の宗主だ。

 この姿を、慶央の荘興に見せてやりたいものだな」


 慶央にいた時の安陽進出をめぐっての毒蛇・園剋との命を懸けた戦い。

 そして、安陽での鳴かず飛ばずの五日前までの無念な日々。

 関景の言葉に、それらがこの座にいるもの達の脳裏を駆け巡った。


 そのしばしの沈黙を、家令の允陶が破った。

「では、わたくしは片づけねばならぬことがありますので。

 失礼いたします」


 仰々しく一礼して部屋を出て行くその後ろ姿を見送って、英卓が言った。


「爺さま、允陶は忙しない様子だが?」


「おお、そのことよ。

 おまえと相談してからとも思ったのだが、おまえは牢の中だ。

 それで、勝手に話を進めさせてもらった。

 黒イタチが根城にしていたあの寺を、この荘新家が買い取ることになった。

 そのための準備で、允陶は忙しくしておるのだ」


「なんとそれは!」


「もともと僧たちを皆殺しにして、黒イタチが奪った寺だ。

 その上に、今回の騒ぎ。

 これから先、寺としては使い物にはならないだろう。

 本山に掛け合って、向こうの言い値で買い取ることにした。


 これから手下のものも増え、武装した男たちの出入りも多くなる。

 そうなれば、安陽街中のこの屋敷では、いらぬ噂が立つ恐れがある。

 この屋敷とは別の場所に、根城を構えねばとは以前から考えてはいたことだ」


「爺さま。

 その話に、おれにはなんの異存もない。

 あの寺のある山は、この屋敷からもほどよく離れ、また地の利もよく、根城として構えるには申し分のない場所」


「それを聞いて安心した。

 いずれおまえもこの屋敷に妻を迎えねばならんからな。

 それなりの体裁は、今から整えておかねば」


「爺さま、またその話か。

 それはまだ早い」


「何が早いものか。

 荘新家の二代目を継ぐおまえの子を、この年寄りの腕に早く抱かせてくれ」


 この話題になると、急かす関景と拒む英卓の間で長々と押し問答が続く。

 それを知っている但州が口を挟んだ。


「英卓、おまえの無事な顔を見たさに、お嬢さんが待ちかねているに違いない。

 関景さんの話も終わったのであれば、はやく行ってやれ」


 その言葉に、ぽんと膝を叩いた関景だった。


「おお、そうであったな。


 おまえの顔を見たら、あれもこれもと言いたいことがあってな。

 ついつい引き留めてしまった。

 これは済まぬことをしたようだ。

 はやく、お嬢ちゃんのところに行くがよいぞ。


 堂鉄と徐平、おまえたちもご苦労であった。

 飯を食って、ゆるりと休むがよかろう」

 

 





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