050 英卓、黒イタチより白麗を奪還する・4



 かどわかしてきた女たちと梅鈴のいる本堂に、宝成は土足のまま駆け上がった。

 自分でも気づかぬうちに抜刀して、鞘は投げ捨てていた。

 観音開きの板戸を蹴り開ける。


 目の前に、白い髪の少女と梅鈴がうずくまっている。

 床に置いた燭台のうす暗い灯りの中で、泣きじゃくる梅鈴の肩を真白い髪の少女が抱いていた。


 突然の乱入者に驚いた梅鈴が泣きはらした顔を上げた。

「宝成さん?」


 そこに立っているのは、いつものへらへらと笑っている優男やさおとこではない。

 男の手に握られた抜き身の刀を見て、彼女の目は恐怖で大きく見開かれた。


 尖った刀の切っ先を、宝成は少女に向ける。

 怒りで、鈍く光るそれは大きく震えていた。


「梅鈴、よく聞け。

 こうなったのも、すべてこの女のせいだ。

 おまえも俺も、この女の虫も殺さぬような顔に騙された。

 その白い髪は不吉だと、初めに気づくべきだった。くそ!」


 歯が砕けるほどの歯ぎしりだった。

「どけ、邪魔だ!」


 宝成は梅鈴の体を足で蹴り飛ばした。

「ひぃっ」と悲鳴をあげて、女が転がっていく。


 しかし、髪の真白い少女には、この状況がわかっていないのか。

 静かにひたと目を見据えて、仁王立ちの男を見上げたままだ。

 それが宝成の怒りを増幅させた。


 刀を振りかぶった宝成が叫ぶ。

「くそ、最後まで、いけしゃあしゃあとした面をして。

 腹の立つ女だ。

 泣きわめけ! 命乞いをしろ!」


 白い少女は金茶のガラス玉を嵌め込んだような目の色をしていた。

 蹴破られた戸から吹き込んでくる風にあおられて揺れる燭台の灯りを受けて、その目が明るく輝きを増す。


 ……これは? 

 なんと不思議な目の色だ。

 心が吸い込まれる、心が……


 そう思ったと同時に、宝成は自分がここにいる理由を忘れた。

 ……刀を振りあげて、いったい、おれは何を斬ろうとしているんだ?……


 いまや金色としかいえない色となった目で男を見つめたまま、少女はゆっくりと立ち上がる。気圧けおされて、刀を振り上げたまま宝成は一歩退いた。


 その時、二人の間に梅鈴が割って入った。


「宝成さん、やめて!」

 梅鈴が叫ぶ。


 その声に宝成は我に返った。

 少女の目に魅入られて止まっていた彼の時間が、再び動き始めた。

 宙で止まっていた手を、勢いに任せて振り下ろす。


 しかし、彼が斬ったのは少女ではない。

 刀は、間に入ってきた女の肩から胸にかけて深く斬り下ろした。


 梅鈴は悲鳴とともに、血を噴き上げ身をよじる。

 そして、後ろから抱き留めた少女とともに、床に崩れ落ちた。


「お嬢さま、許してください……」

 そう呟き、覆いかぶさった少女の下で、梅鈴は十七年の短い命を終えた。


 梅鈴の血が滴る刀を逆手に持ち替え垂直に立てて、再び、男が叫ぶ。


「こうなったのは、何もかも、おまえのせいだ。

 思い知れ。

 串刺しにしてやる!」


 少女を救いに来た男たちがなだれ込んできたのだろう。

 逃げ惑う人の声、人を斬る時の気合、そして断末魔の叫びを、宝成は背中で聞いた。


 






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