031 白麗奪還に集まった強者たち・6

 

 呉服商・雅風堂の主人には、着物を拾ったという男について詳しく経緯を調べるように頼んである。

 沈家に戻れば、白麗探索のために惜しみなく人手を街にだす。

 万が一に備えて、安陽より遠く離れた山奥にある山草園にも使いを出して、腕に覚えのあるものを呼び集める。


 それらのことを約束したあと、明日の朝には新しい情報を携えて再びここに来ると言って、沈明宥は孫の如賢に抱きかかえられるようにして戻っていった。


 英卓と関景に見送られて馬車に乗り込む彼の老いた姿は、たった半刻の間に一回り縮んだかのように見えた。


 黄昏たそがれた通りは、今日を精一杯働き生き抜いた人々が、家路へと急いでいた。沈明宥を乗せた馬車は、ゆっくりとその中へ紛れそして消えていく。


 深い絶望というものに色があれば、彼を乗せた馬車は、その色に深く染まっていたことだろう。そして、それは悲しみとはまた違った色だとも、見送っている英卓と関景は気づいたに違いない。




 二人が戻ってくると、允陶によって部屋には灯りが入れられていた。


 淡く橙色に染まったものたちの顔が明るく輝いているのは、灯りのせいだけではない。半日ここに座して、やっと手掛かりらしきものの情報を得た。


 情報というものはその一つをしっかりと掴んで手繰り寄せれば、まるで目に見えぬ縄に結び付けられてでもいたかのように、次々とその姿を現すものだ。

 ここに居並ぶものたちは皆、今までの経験からそのことを知っている。


 神隠しなどという人知の及ばぬものにはあがらうすべはないが、人の悪意から出た行為には、情報を集め冷静に対処すれば必ず解決方法がある。


「いまだその正体はわからぬが、荘家のものに手出しをすればどうなるか、目に物を見せてやらねばな」


 関景の呟きに、図らずも「おう!」と呼応する声が上がった。




 再び外が騒がしい。


「荘家はいま取り込み中なれば、今日のところはお引き取りを」

「いいのだ、いいのだ。その取り込み中のことについて、話があって来たのだからな」

「そのように申されましても、誰も通すなと言われております」


「ええい、煩いやつだ。

 英卓、聞こえているんだろ。この男をなんとかしてくれ!」


「蘇兄!」

 英卓が叫んだ。


 一時期、父・荘興に逆らって慶央を出奔し青陵国を放浪した英卓は、銀山で傭兵となった。その時の、蘇悦は傭兵頭だった。まだ二十歳にもなっていなかった英卓を哀れに思い、実の弟のように接し彼を庇護した。


 二年前の冬、荘家の跡目争いで叔父・園剋が雇った刺客に襲われた英卓を、彼は魁堂鉄や徐平とともに助け、そして、荘家より謝礼として大枚な金子をもらった。それを懐にした彼は、しばらくは遊んで暮らすのだと言い残し、英卓たちよりも一足早く都・安陽に来ていたのだ。


 ある日、安陽の大通りでばったりと会った彼らはお互いの近況を語り合った。

 そしてその時、銀山で傭兵頭として暮らしていた頃とたいして変わらぬ蘇悦のやさぐれた見かけに、堂鉄が訊いた。


「あの金子を元手に安陽で商売を始めて、そこそこの店の主人になっていると思っていたのだが……」

「あの金子は、妓楼遊びに全部使ってしまった。

 さすが安陽は都だ。女もよいぞ」

「あの金子を、すでに使い果たしたと?」


 蘇悦は頭を掻きながら答えた。

「いまは、通い詰めた妓楼の用心棒だ」









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