026 白麗奪還に集まった強者たち・1
英卓と萬姜の帰りを待つまでの半刻の間に、允陶は屋敷のものを総出させて池の底をさらい、小柄な少女一人がその体を隠せそうな場所のすべてを探させた。
しかし、屋敷内には、白麗の姿の影も形もない。
幸いなことに門番は、白麗を見知っている徐平だった。
屈託のない笑みを幼く見える顔に浮かべ、彼はいつも爽やかににこにこしている。しかしながら、目の前で起きていることについては私情を挟むことなく、彼は冷静に見極めることが出来る。
そうでなければ、命が幾つあっても足りない。
弱冠十六歳で、命の遣り取りすら厭わない荘本家の生業に、彼は自ら飛び込んできた。その時より三年、魁堂鉄とともに常に英卓の傍らにいて、危険な場面をすでに何度も経験しているのだ。
下手な小細工や変装は彼の前では通用しない。
嬉児の言うところの白麗の居なくなった時間帯に、不審なものの出入りはなかったという彼の言葉は信頼に値する。
「屋敷内で、いつもと違うと気づくところあれば、どのような些細なことでも申し出よ」との達しに、いくつかの情報が集まった。しかしそれらは、女中頭の萬姜が朝から出かけていたための混乱から起きたことが、ほとんどのように允陶には思えた。
カラスがいつになく騒がしかったとの報告も、白麗が食べるはずだった弁当が漁られていた時刻と一致する。
たった一つ、庭の手入れを任されている下働きの男が、梯子がいつもの仕舞っている場所にないと報告してきたことが気になった。
手分けして探させると、屋敷の隅の庭木の根元に、まるで人目から隠すように置いてあった。すぐ側は高い塀で、その向こうは人通りのほとんどない裏路地だ。
「もし白麗さまが梯子を使って屋敷の外に出たとすれば、それを片づけたものが屋敷の中にいるということになります」
謝の屋敷より急ぎ帰ってきて着替えている英卓を見上げながら、部屋の隅にかしこまって允陶は言った。
左腕のない英卓の着物の脱ぎ着は、魁堂鉄が引き受けている。
無口で大男という見かけと違って、彼は手先が器用で几帳面だ。人を斬るという仕事以外にも、英卓の着物を着つけることにその才能を発揮した。
ぴしっぴしっとまるで音が聞こえるかのように、着物の角を合わせて英卓に着せ付けていく。そして最後は、英卓が「うっ!」と息を詰めるほどに帯を締めあげる。
中身のない左袖を、きつく締めた帯の中にきっちりと挟み込んでしまうのも、彼の考えたことだ。そしてどのように動いても着乱れない堂鉄の着付けを、彼の若い主人も好んだ。
「身の回りのお世話をする女を、お傍におかれてはいかがでございましょう?
お任せいただければ、よい女を探しますれば……」
と、以前に同じ光景を目の前にして、允陶は英卓に進言したことがある。
その言葉に、英卓はにやりと笑って言い返した。
「そうなれば、允陶よ。
毎朝、おれは、着ているのやら脱いでいるのやら、わからぬことになるではないか?」
允陶の言葉が耳に入っているのか入っていないのか、堂鉄の手の動きに乱れはない。英卓の言葉の意味を理解した徐平がいつものように爽やかに笑う。
しかしながらあの時、きつく締められた帯を右手で収まりのよい位置に直しながら、英卓は言葉を続けた。
「允陶、おれは、この屋敷にそのような女を住まわす気はない。
二度と、この話を口にすることは禁じる」
さきほどのくだけた口調とは別人だった。
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