027 白麗奪還に集まった強者たち・2


 このような一大事に、他のことに思いを馳せてしまうとは……と、允陶は考え、それは英卓が落ち着いているからだということに思い当たる。


 三年前の荘興は慌てふためき、苛立ちを隠そうとしなかった。

 白麗の逃避行に身に覚えのないまま手を貸してしまった老いて呆けた男に、その首を刎ねかねないほどの怒りを見せた。


 英卓の白麗への執着は、たぶん、荘興に負けず劣らずであろうと想像する。いや、彼は父の荘興より若いぶん、勝っているに違いない。


 白麗の美しさと哀れさに心を奪われ、それを胸に秘めるしかなかった自分にはよくわかる。男の女への愛しさは、どれほど水を飲もうと癒せない喉の渇きのようなものだ。


 言葉が不自由で記憶も長くその頭の中に留めておけない白麗に、いまだ彼は「イ・ン・ト・ウ」と、名前で呼ばれたことがない。

 それでも少女の傍にいたいがために、遠く安陽まで来てしまった。

 もう二度と慶央の地を踏み、空の色を見ることはないだろう……。


 英卓は器の大きさで父・荘興を超えているのか、それを見極めたいという想いもまた允陶の胸の中にはある。






「それで、允陶。

 おまえには、梯子を隠したものの心当たりがあるのか?」


 英卓の言葉で、允陶は我に返った。

 慎重に言葉を選びながら、彼は若い主人の問いに答える。


「いまはその名を申し上げる時ではないと思われます」


「そうだな、それが賢明。余計な先入観は、目を曇らせるというものだ。

 市井の賑わいに魅かれて、麗が自ら屋敷を出たということも考えられる。それに関しては、あれは前科持ちだからな。

 退屈そうにしているとは気づいていたが、忙しさにかまけて構ってやらなかったと、今になって悔やむ」


 そこで言葉を切って、英卓は少しの間思いを巡らしていたが、心を決めたのか言葉を続けた。


「それで、何人、集まっている?」


「評議の間には、永先生と関景どのを筆頭として、五、六人ほど。残りはすべて街中に散らせて、情報を集めさせております」


「さすがだ、允陶。父上がおまえを重宝していた理由がわかる。

 堂鉄、徐平、我々も行くとするか」


 そう言って背中を見せた英卓に、立ち上がった徐平とそして允陶が従う。






 隙のない主人の後ろ姿に自分の仕事の結果を確かめた魁堂鉄も、一歩を踏み出そうとして、手中に残されたものに気づいた。


 それはずっしりと重い。

 英卓が脱ぎ捨てた上等の絹の着物だ。


 いつもなら必ず萬姜が傍らにいて受取り、手際よく片づけてくれるのだが、今日はどうすればよいものか。

 

 いつぞや萬姜が言った言葉を思い出した。

「この着物一枚で、下々の住む小さな家が一軒建ちます。

 魁さま、粗雑に扱ってはなりません」


 彼は手の中の着物をくるくると丸めると投げ捨てた。

 家一軒を、片足で蹴って部屋の隅へと押しやる。


 安陽での平穏な日々は終わった。

 望むか望まないかには関係なく、再び、刀を手に血の臭いを嗅ぐ日々が始まるのだと、彼の本能が告げている。






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