025 英卓と萬姜、白麗不明の知らせに驚く・6
「産み月は、遅くとも来年の三月。
赤子を育てるのには、よい季節ですよ、梨佳さま。わたくしが、産着と
家族だけで商う小さな店ではあったが、もと呉服商の看板娘であった萬姜は、着物の見立ても優れているが、縫い物も得意だ。
しかし、優しかった両親と店を継ぐために迎えた働き者の夫を、流行り病で同時に亡くた。店も畳まざるを得なくなり、生まれ育った新開の町を、3人の子ども達とともに夜逃げ同然に出た。
慶央の町まで流れ着いた時には、路銀は底をつき野垂れ死にを覚悟した。
その時、偶然に出会った白麗に、親子ともどもに命を救われたのだ。
そして人の喜ぶ顔を見るために働くことを厭わぬ彼女は、荘家で白麗の部屋付き女中という仕事を得た。その後、長女の梨佳は荘家の養女となって沈家へ嫁ぎ、長男の範連は永先生の下で医師見習いとして勉学中の身だ。
そのような幸運が続いたうえに、ついに孫の産着を縫う日までが来たのだと思うと、またまたじわりと嬉し涙が溢れてくる。
「お母さま、生まれてくる赤子へのお心遣い、嬉しく思います」
母・萬姜の嬉しい見舞いに、青白かった梨佳の顔色に赤みがさしてきた。
皆との和やかな昼食に、久しぶりに食も進む。
食後は冷たく冷やされた水菓子が出された。
「梨佳さま。あとお一口、召し上がれ」と、梨佳の世話をかいがいしく焼いていた時、允陶の遣いのものが来て、萬姜を沈家の屋敷の外に呼び出した。
戻ってきた萬姜が言った。
「もっと長居したく思っておりましたが、久しぶりにお屋敷を空けましたせいで、允陶さまがお困りのご様子。早々に戻らねばなりません」
「まあ、お母さま。
私は元気になりましたゆえに、すぐに戻ってさしあげてください」
幸いなことに、沈家の人々には、目の前の幸せしか見えていない。
萬姜の慌てぶりの本当の意味に、誰も気づかなかった。
しかし、明宥は見送るのだと言って、屋敷の外までついてきた。
迎えの馬車に乗り込もうとする萬姜を押しとどめて、彼は言った。
「萬姜、荘どのの屋敷で何があった?」
「先ほども申し上げましたように、奥座敷のことで、允陶さまが困っておられます」
「わしはな、慶央の荘興どのとは義兄弟の契りを結んだ仲だ。英卓は我が子と思い、白麗は我が孫と思っている。
萬姜よ、その言いようはあまりにも他人行儀と思わぬか?」
「沈さま、お許しください」
嘘をつくことに慣れていない女の顔には血の気がない。
立っているのもやっとというふうに見えた。
これ以上問い詰めると倒れそうだ。
「すまなかったな。萬姜よ。おまえを困らせる気はないのだよ。
荘家に仕えるおまえの立場は重々承知している。
はやく帰って、允陶を安心させてやりなさい」
馬車に乗り込むのに、萬姜は足がもつれてふらついた。
そっと体を支えてやった時、明宥の手に女の体の微かな震えが伝わった。
……如賢や梨佳は誤魔化せても、わしの目は節穴ではない。
荘家の屋敷に、いったい何が起きたというのだ……
隠居部屋で明宥が思案していると、店のものが来客を告げた。
「雅風堂の主人が、ご隠居さまにお目通りを願っております」
先日に頼んだばかりの白麗の夏物の着物が、もう縫いあがったというのか。だとすれば、荘家を訪れるよい口実が出来たというものだ。
「おお、それは、それは。すぐにお通しせよ」
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