002 梅鈴、幼馴染の宝成と出会う・2

 慶央の町の荘家のものが住むという屋敷もあらかた出来上がり、贅沢な調度品も運び込まれた秋も深まったある日、沈明宥は下働きのもの達を集めて言った。

 空は真っ青な秋晴れで、庭に植えられた紅葉の木が美しく染まり、造作された池で泳ぐ鯉が時おり水音を立てて跳ねた。


「慶央より知らせの文が届き、ここの主人となるお人が決まった。

 荘英卓さんというお人だ。すでに慶央を出立しておられるので、歳の暮れには安陽にお着きなることだろう。英卓さんはまだ若く、都での暮らしも初めてであるので、おまえたちもそのことを心してお仕えするように。


 そしてお着きになり次第、同行している梨佳と、我が家の孫の沈如賢との婚儀を執り行う。その支度もおまえたちに手伝ってもらうことになるが、そのぶん、給金はたっぷりとはずむつもりだ。

 忙しくなるが、皆のもの、よろしく頼むぞ」


 沈老人の話は短くそれだけであったが、新しい主人となる荘英卓のその他の細かな情報は、時おり梅鈴たちの働きぶりを監督に来る沈家の使用人から少しずつもたらされた。


 荘英卓は、この安陽で沈家の〈健草店〉の仕事を手伝うらしい。この屋敷は彼とその妹が住み、店舗はいずれそのうちに安陽のどこかに構える予定とか。そして、主人となる荘英卓は、沈老人の言葉通り二十歳を少々過ぎたばかりの若い男であり、まだ妻帯はしていない。


 荘英卓の仕事が何であるかにはとんと興味がわかなかったが、梅鈴はまだ見ぬ主人が若い男で妻がいないということに心が惹かれた。


 都からあまりにも離れた慶央などという田舎町の出であることは気に入らぬが、これほどの屋敷を構えることが出来るのだ。きっと、金持ちではあるのだろう。

 そして彼は若く、妻がいない。

 まったくもって自分の夢想の登場人物として好条件だ。


 唯一気になるのはまだ見ぬ彼の容姿だが、自分を愛し妻に迎え入れてくれるのなら、今まで絶対にゆずれないと思っていたが、このさい多少のことには目を瞑ってもよい。


 たとえ背が低く太っていても、顔にあばたの痕が残っていても。


 それから男というものは愛しい妻がいても、時に女遊びをしたくなる生き物であるらしい。しかたがない、時たまの遊郭通いは許そう。

 しかし側妾は囲って欲しくない。

 子どもは賢い男の子二人に可愛い女の子が一人……。


 梅鈴の夢想は勝手に大きく膨らんで、手を伸ばせば掴めそうなほどだった。









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