003 梅鈴、幼馴染の宝成と出会う・3

 年の瀬も押し迫った日に、荘英卓たちは安陽に到着した。


 田舎の金持ちお坊ちゃま一行という、梅鈴の想像は外れた。

 刀を携え馬に騎乗した男たちを、彼は幾十人も引き連れていたのだ。彼自身も使い込んでいるらしい短槍を、みごとな体格の黒い馬の鞍に挿していた。


 そしてまた彼は、女子どもも引き連れていた。


 沈明宥が英卓の妹と言っていた少女の名前は白麗といい、年のころは十二歳か十三歳くらいか。女の梅鈴でも思わず見とれてしまったほどの可愛らしい顔立ちをしていた。


 しかし哀れなことに言葉が喋れない。

 そして奇異なことに髪の毛が真っ白だ。


 そのせいであるのか、慶央から従って来ている萬姜という年配の女が、「白麗さま、白麗さま」と四六時中気を遣っていて、安陽で雇われたものなど近寄れない雰囲気となっていた。


 そして肝心の荘英卓の容姿といえば、背も高く均整もとれていてなかなかによい顔立ちで、もちろん顔にあばたの痕もなかった。


 あばたの痕はなかったが……。


 顔の左半分にこめかみから頬、そして首筋へと続く引き攣れた火傷の痕がある。

 それを隠すためか彼は大人の男としては珍しく総髪とせず、前髪を短く切って額に垂らしていた。

 それが顔立ちがよいので役者のような甘い雰囲気を醸し出している。


 あばたくらい許そうと思っていたので、火傷の痕も許そうと梅鈴は思った。

 もともとの顔立ちはよいのだし、彼は背も低くないし太ってもないのだから。


  彼は背も低くなく太ってもいなかった……。


 しかし、彼には左腕がなかった。

 しかもそれを隠すつもりなどないようで、中身のない左袖はきっちりと体にそわせて巻き込まれ、帯に挟み込まれていた。


 きっと自分でも望んではいなかった大怪我をしたのだと、梅鈴は考えた。

 それを責めては、なんと非情な女と思われるに違いない。


 左腕のないのも許そうと、またまた梅鈴は思った。

 これほどまで譲歩した自分の想いだ。

 英卓は必ず自分に惚れて、妻になってくれと請い願うに違いない。


 天も、梅鈴に味方しているように思われた。


 若いことと気が利くことそして容姿がよいこともあって、彼女は奥座敷で働くことを許された。萬姜の手伝いをしながら、英卓と白麗に身近に仕えることが出来たのだ。


 茶などを運んだ時に、部屋で英卓と二人きりということがある。

 そういう時は、じゅうぶんに注意しながらも、勘のいい男なら察することが出来るくらいの親密さで、梅鈴は英卓の世話を焼いた。


 ある日、突然、英卓が低く唸った。

 取りつく島もないほどに、その目の色は冷たかった。


「おまえには、このおれが、下働きの女に手をつけるような男に見えるのか?」


 目の前の男の口の悪さに、梅鈴は恐怖で震えあがった。


 荘英卓は、若くて妻帯もしておらず金持ちで、そのうえに顔にあばたもなく背も低くなく太ってもいない。

 しかし、女に対して優しさの欠片かけらも持ち合わせていなかったのだ。








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