※ 第一章 ※

白麗、かどわかされる

001 梅鈴、幼馴染の宝成と出会う・1

 広大な中華大陸の東の果てに位置する青陵国は、その背を海に面して南北に細長い。都の安陽は北の国境近くにあったので、国の中でも春の訪れが遅かった。陽が中天に昇るまではまだ空気は冷たく頬を刺す。


しかし、都を縦横に流れる運河沿いに植えられている枝垂れた柳は枯れ色でも、そこかしこの屋敷の土塀から覗く梅の木は、一つ二つと、その白や赤い花をほころばせて始めていた。


 荘英卓の屋敷の奥座敷つきの女中として働く梅鈴は薬種問屋〈健草店〉に使いに出された途中だったが、この春に初めて嗅ぐ梅の花の匂いに急ぐ足を止めた。

 自分の名前に梅の字があることで、彼女はとりわけこの季節が好きだ。

 特になぜかしら漠然と、十七歳となった梅の花の咲く季節には必ずよいことが起きると信じていた。


 梅鈴は、貧しい竹細工職人の家に生まれた。


 夜なべしてざるやら籠を編み上げ売り歩く父と母の代わりに、小さい時から弟や妹の面倒をみて家事もこなしてきた。そして十二歳になった時、彼女の役割を八歳の妹がこなせようになり、海産物を商う店に下働きに出された。


 そこで吝嗇な主人夫婦に牛馬のようにこき使われた。

 そんな彼女の辛い日々を支えたのは、十七歳になった梅の花の咲く季節に、苦労続きの今までの人生が報われる何かが起きるという夢想だったのだ。


 そして世間を知らぬ女の常で、その何かとは、金もあり見栄えもよい男に、ある日突然、見初められるということしか考えつかなかった。

 そしてそのように夢見られるほどには、彼女の容姿はまあまあではあったのだ。


 しかし昨年の夏、主人が病死して店が畳まれると、牛馬のように働かされていた彼女は、今度は暇を出され犬猫のように道端に放り出された。


 このまま家に帰っても穀つぶしのように扱われるか、下手をすれば遊郭に売られることもありうる。生活苦のために、親が年頃の容姿のよい我が子を遊郭に売るという話は、掃いて捨てるほど聞いていた。


 そんな時に、薬種問屋〈健草店〉の隠居老人・沈明宥に、運よく梅鈴は拾われた。


 彼は、安陽から遠く南にある慶央の町に住む荘何某なにがしという知人のために、安陽城郭内に家を構えている最中だった。それで、新しい屋敷で働くものを幾人も探していたのだ。その中の一人として彼女は雇われた。




 そして彼女は荘英卓の家で十七歳となり、いま見上げた先に、夢に見続けてきた梅の花が咲いている。しかし馥郁ふくいくとした匂いを放つ梅の木の下にたたずんで、風呂敷に包んだ荷物を背負った梅鈴は呟いた。


「なんてことよ。あそこは、まるで化け物屋敷だわ。

 それにしてもあの二人、本当に兄妹なのかしら?」







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