4-6

「ゆうちゃんって、モテますよね?」

「はい?」


 この年上おちびさんは、急に何を言っているのだろうか?


 八月十七日の午後、ぼくはティーカップ・ゴーストに顔を出した。バイトのシフトは入っていなかったのだが、この日は彼らの顔を見ておきたかったのだ。


「先々週くらいですかね? ゆうちゃんがシフトに入っていない日に、三つ編みに眼鏡をかけた高校生くらいの女の子が来たんですけど、ずうっとそわそわしてて怪しかったんですよう。キッチンやバックヤードの方を、スタッフに気取られないように気を遣いながら注視している感じで。あれは間違いなくゆうちゃん目当てでしたね、うん、間違いない。華ちゃんアイはごまかせないですから」


 唐突に華ちゃんアイなる妙ちきりんな特殊技能を発揮してきた華ちゃんだったが、ぼくは気にしないことにした。


「何やら健気な女の子が来店したことは分かりましたが、なんでその恋慕れんぼのお相手がぼくなんですか。他のひとかもしれないじゃないですか」

「いやあ、だってうちのスタッフって、男性はゆうちゃんか店長しかいないしい。店長じゃちょっととしが離れすぎてますよう。犯罪ですよう」

「まあそう言われれば……ぼくも店長の齢は分かりませんけど、店長の娘さんの齢は確か中学生くらいでしたよね。そもそも店長は、滅多にお客さんの前に出てこないから、店内で待ち伏せする意味がなさそうですね」

「でっしょー!?」

「でも、三つ編みに眼鏡をかけていたんですよね? ぼくにそんな知り合いはいませんが」

「うはぁ! 罪な男ですねぇ! いいですか、ゆうちゃん? 人と人はね、目と目が合うだけで恋に落ちることもあるの! 言葉を交わしたことが無くても、名前さえ知らなくても、人は誰かを好きだと気づくことがあるんですよ!」

「ぼくが誰かに一目惚れされているかもしれないと?」

「ですです!」

「うーん、思い出せるよう善処ぜんしょします。それではそろそろ失礼しますね」

「あれえ? もう行っちゃうんですか?」

「ええ。今日はほかに野暮用がございまして。それでは華ちゃん、今までありがとうございました」


 ぼくがぺこりとお辞儀をすると


「はい?」華ちゃんはきょとんとした様子で、「あっ、そういえば来週はシフトが一緒の日が多いのでよろしくです。ではまた来週にね、ゆうちゃん」


 何の変哲もない未来を口にする華ちゃんに、ぼくは笑って何も答えなかった。



 次にぼくがやって来たのは坂井神社だった。


「え? 久遠は出かけてるんですか?」

「ああ。てっきり、君とどこかに出かけたものだと思っていたんだけどね、ゆう君」


 紀正さんは境内をほうききながら言った。声の調子は柔和そのものだが、銀縁眼鏡の奥にある瞳は笑っていなかった。先日の出来事が尾を引いているらしい。


「なぜ紀正さんは、久遠がぼくと出かけたと思ったんですか?」

「ふむ? どうも急いでいる様子だったぞ。誰かとの約束事があるようで、行先も家族に告げないまま行ってしまったんだ。となれば、私のような勘のいいお父さんは、ゆうくん絡みだと思うだろう。ああそうだ、格好は制服のままだったけど、靴はスニーカーに履き替えてたな」


「スニーカーですか……」


 となれば、N山に行った可能性が高いだろう。

 久遠がN山に用事があるとすれば、人食い人形の館くらいのものだろうか。

 念のため、久遠の携帯に電話をしてみたが、コール音が続くばかりで一向に出る気配がない。


 いや――コール音が続く?


 ならば、人食い人形の館に行ったわけではないのだろう。あそこは圏外だったから、電話自体がかからないはずだ。


「ちょっと久遠を探してきます」


 踵を返したぼくに、紀正さんは、


「ゆう君!」


 ぼくが振り返ると、紀正さんは少しだけ笑っていた。


「昔、久遠が遭難したときに、君が命を懸けて救ってくれたことを、私は今も深く感謝している。父である私がこう言うのは不甲斐ないと分かっているが……これからも久遠のことをよろしく頼むよ」


 ぼくは会釈をして、あとは何も答えず、元来た道を歩き始めた。

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