4-5

 坂井久遠という少女がいた。


 まさか、ここまで魅力的な女性に成長しているとは、ぼくは思っていなかった。

 あの人食い人形の館での、彼女の可憐な姿は、今もぼくの脳裏に深く焼き付いている。


『あの娘が欲しい……』

 と先輩が囁いた。それを耳にして、ぼくは小さく頷いた。


 近すぎる人間だ――そんな懸念も抱いた。それは決して彼女への罪悪感ではなくて、ぼくたちの所業しょぎょうが露見する可能性を危惧きぐしたことによる躊躇ためらいだった。

 だが、何よりも先輩の意向が先だ。先輩の欲望が先だ。


 この山小屋は、紆余曲折うよきょくせつを経て、今やぼくと先輩の二人だけの楽園になっている。ぼくたちはここで既に幾度かの晩餐ばんさん会を催した。ぼくたち二人がホストだが、ゲストは毎回変わる。


『夏は嫌い……』そう呟く先輩に、ぼくはまた首肯した。

 夏は腐敗の季節である。折角、二人のために用意した最高級の食材も、わずか数日足らずで腐り落ちてしまうのだけは残念でならなかった。


 ぼくは楽園の入口でだらしなく地面にのびている久遠を、車輪の錆びた台車に載せて、調理場へと運んだ。


 ステンレス製の調理台は、かつては銀色に眩しく輝いていた頃もあったのだろうが、今はヘドロのような赤黒い汚れがべったりとこびり付き、ぼくたちが繰り返してきた愛の行為を雄弁に物語っている。


 ぼくは久遠を、台車から調理台の上に載せ替える。非力なぼくにはこの作業が毎回一苦労だった。次に、彼女の両腕を、万歳をさせるように上にあげて、右手首に手錠をかける。チェーンを調理台の柱を通すようにして、左手首にもかける。足首も同じように縛って、ぼくは彼女の四肢の自由を奪った。


 もはや彼女は坂井久遠という人間ではなく、文字通り単なる俎上そじょうの肉となった。


 もう我慢が出来ないのだろう――背後から先輩が急かす声が聞こえてくる。


『ハヤク、ハヤク……』


 ハヤク、ハヤク、ハヤク……。

 ハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク!


 辛抱できなくなっているのは、先輩だけではない。


 ぼくもそうだ。


 では、解体を始めよう――


 といっても、まずは皮剥ぎから始めなければならない。

 早速、ぼくは裁ちばさみで久遠の制服を切り裂いていく。身体の中心から黒のセーラー服とプリーツスカートを裂いていくと、雪のような白肌が露わになっていく様は、ぼくをうずかせた。白のキャミソールも裂き、スニーカーを脱がせると、久遠は下着と黒のハイソックスだけの姿になった。


 久遠はそのあどけない顔立ちに良く似合った、薄いピンクのシンプルで可愛らしい下着を身につけていた。石鹸のような清潔感のある香りと、山道を越えて少し熱を持ち汗ばんだ肌の香りが混ざり合って鼻をくすぐる。ぼくが久遠のへその下に手のひらを置き撫でると、汗でしっとりと湿っていた。もし鏡があれば、そこには笑うぼくが映っていただろう。


 ぼくは彼女の全身を舐めるように視線を這わせた。

 

 頭、髪、瞼、鼻、唇、頸、肩、腋、胸、腕、肘、手指、腹、股、太腿、膝、足首、足指――


 いったいどこから始めたら良いのだろうか。

 それを決めるためには、今こうして眠っている彼女ではなくて、目覚めた彼女を鮮明に想起する必要があった。


 つまりは、反応だ。


 ぼくは過去の失敗作たちを思い出す。


 小指の先の皮を少し剥いただけで、屠殺される豚のように汚らしい叫び声をあげた女がいた。愉しむどころか耳障りで不愉快で、すぐに喉を裂いて絶命させた。あるいは、歯をすべて抜いてやると、たちまち石になったかのように心を閉ざし無反応になった女もいた。面白いことに、この女は長く伸ばしていた髪をすべて頭皮から削ぎ取って、皮を剥いたトマトのような頭にしてやり、その姿を鏡で見せた時、初めて嗚咽を漏らした。髪は女の命とはよく言ったものらしい。もしくは自分の姿を見て、もう日の当たる場所に帰れないことを自覚したからだったのだろうか。あの時は愉悦の極みだった。


 さて、本題に戻ろう。


 坂井久遠をどのように料理しようか――?


 ぼくはふと、彼女が非常に忍耐強い人物であることを思い出した。人食い人形の館で痛みに耐え忍ぶ姿は美しくさえあった。ぼくは彼女が苦痛を必死に堪えようとする姿を想像する。眉間に深く皺を寄せて、声を上げないように強く噛んだ唇の隙間から、わずかにこぼれてくる喘ぎのような吐息……。


『素晴らしい名案……』僕の考えを見透かした先輩が、背後で賛成している。


 最高の気分だった。


 ぼくは久遠の、肉体の敏感な部分を執拗に痛めつけたい。その細い手指の一本一本を優しく撫でながら、爪の間に針を刺してみよう。潤った柔らかな唇にそっと口づけしたら、そのまま剥いてしまおう。両手に余らないささやかな胸は、下着を脱がせて、じっくりと時間をかけて舌で愛撫を重ねよう。先端の薄紅色のそれが充血し突起を増したなら、裁ちばさみで一思いに切り飛ばそう。


 そして最期は、そのオニキスのような美しい輝きを持つ瞳だ。


 生きたまま、くり抜いてやる。


 果たして、久遠は一体どこまで耐えられるのだろう。


 ぼくは興奮していたと思う。

 否、ぼくたちは興奮していた。

 極上のディナーを前に、よだれが止まらなかった。


 だからなのだろう。


 ぼくたちは、今宵二人きりの晩餐に招かれざる客人が来訪したことに、ほんの僅かばかり気づくのが遅れてしまった。

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