第2話 狩られる獣

2-1

 白く淡いハートが、液面にゆらゆらと浮かんでいる。


「ソゥグッド……実に美しい……」


 夜のティーカップ・ゴーストに、穏やかな拍手が鳴り響く。

 拍手の主は――車椅子に座り、スクエア・グラスの奥の知性的な眼差しと穏やかな笑みをたたえた青年だ。


「どうもありがとうございます、静人さん」


 ぼくは頭を下げ、その心地よい音に浸っていた。

 店内に入ってすぐ左は、広めのテーブル席だ。そこは入口から段差無く進むことができて、スペースも広いので、車椅子でも入りやすく、静人さんの定位置となっていた。


「それにしても実に可愛らしい……ハートだね」


 テーブルに置かれた一杯のホット・カフェラテ。その液面には白いハートがミルクでかたどられている。


 ラテアートである。


「やるじゃないか、ゆう君。相当練習したんだろう? 努力の跡がうかがえるような立派なハートだよ」

「ハートはいっとう簡単なラテアートですから……」


 ミルクをピッチャーから注ぐ際の加減で、模様を形作っている。フリーポアと呼ばれる技術で、チューリップやリーフも同じ手法で作ることが出来る。スプーン等を使って、より細かな描画をするのはエッチングと呼ばれる上位技術で、今のぼくには未知の域だった。


「それにしたって、こうやってお客さんの前に出せるものを作れるのは並大抵ではないさ」


 べた褒めだった。静人さんの理知的で慈愛に溢れたテノールに、ぼくは自分が男であることも忘れ、思わずうっとりしそうになる。


 お世辞だとわかっていても、静人さんに褒められればその気になってしまうから不思議だ。今ならぼくも東大に受かりそうな気がする。それは言い過ぎだな。


「しかし一つだけ。男性の私にはハートは可愛すぎるかな」

「ですよね……」


 まだまだ精進が必要なのだった。


 ぼくの胃袋には、失敗の度に飲み干された不格好なミルクのハートたちが無数に詰まっている。

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