再会 (2)
「ごめんなさい、修二さん。フフッ」
由希が相好を崩しながら、朝食の食パンを焼いていく。
「気にしてませんから……」
チラリと、向かい横の主犯に目をやる。なにごともなかったかのように、パンをかじっていた。
ったく……。
散々な朝であったが、由希がここまで楽し気な様子を見せるのは初めてな気がする。そのことはうれしかった。
電話が鳴った、自分のスマフォである。
「すみません、ちょっと……」
スマフォを手に部屋を出た。
「せ、先生!」
「おう、早馬か」
「おはようございます、メール見ました」
「ああ、おはよう、吉本先生の件だな。居所がわかったぞ、今、中央区のタクシー会社に勤めていらっしゃるらしい」
「ほんとですか⁉」
「ああ、お前の、その詳しい事情はまだ知らせてないが、とりあえずお前が会いたがっている、とは言っておいた。先生も会ってくれるそうだ」
息をのむ。いよいよあの日言えなかった言葉を言う時が来たのだ。
「わかりました、ぜひ……。それで、場所を教えてください、いつごろお伺いすれば……?」
「ちょっと、落ち着け。取り合えず書くもの持って待ってろ」
「はい……」
目を閉じて、呼吸を落ち着かせる。メモ帳に奥山が教えてくれた勤務先の住所をかき込んでいく。
「今日は十五時から少し手が空くらしいから、その時間に行ってみるといい」
「はい、ありがとうございます!」
「後で、俺の方からももう一度かけておく、お前の記憶喪失の件も話しておいて大丈夫か?」
「ええ……先生の口から言っていただければ、わかってもらいやすいと思います」
「そうだな、それじゃあ、大したことはできんが、頑張れよ」
「はい……!」
通話が切れると、虚脱したように階段に腰かけた。
タクシー会社……、再就職先か……。
「修二さん、終わったかしら?」
「あ、ええ! あの……今日、ちょっと行くところができて……」
「うん、今日は私も、家にいるから、明梨のことは任せて」
「すみません……。……⁉」
ここでの生活が日常化してきていることを実感した。
「どうかした……?」
「い、いえ、なんでも……」
そろそろだな……。
時刻は十四時ちょうど、地図があるとはいえ初めて行くところである。余裕をもって少し早めに出た方がいいだろう。
地図を手に持ち、二階の部屋を出た。階段を降りてリビングに向かう。由希がテーブルでなにかノートパソコンで作業をしていた。
「由希さん、俺ちょっと中央区の方まで行ってきますから」
「うん、それで……顧問だった人に、会うんだよね……?」
「ええ……」
「やっぱり、私も行こうか?」
「だ、大丈夫ですって」
辛酸を舐めた人間に会いに行くのに、婦人連れというわけにはいくまい。
「どれくらいになるかはわかりませんので、遅くなるようだったら夕飯は先に済ませちゃってください」
「うん……」
「それじゃ……」
玄関まで行き靴を履いていると、
「……」
由希が見送りに来てくれた。
「すみません……」
それだけ言うと家を出た。
冬が近づいており、この辺りもだいぶ冷えるようになってきた。空は、どんよりした雲が覆い始めている。
駅で、電車に乗り込むと、キャーキャー騒がしい。目をやると、子ども三人がはしゃいでおり、母親と思しき人間が手を焼いていた。
離れた場所に立ち、街の景色が流れていく様をなんとなしに見る。オフィス街を抜け、市のハブ駅からやや先にある目的の駅に着いた。都心にあるにもかかわらず、なにか寂しげな雰囲気をまとった駅、そこを降りて、道順を確認する。息を大きく吐いてから、一歩踏み出した。
この辺りは、運送業が集積しているようで、所々にバスや輸送車の駐車スペースが立ち並んでいた。灰色の煙があちこちで空をほの暗く染めている。
「ここか……」
目的の企業まで着いた。オフィスと言うより事務所と言った感じの風貌の建物、敷地には十台ほどのタクシー、受付まで行き用件を述べる。既に話は通っていたようであっさり通された。
鉄骨むき出しの外階段を上り直接二階にある部屋まで向かうことになった。
一度立ち止まったが、覚悟きめてドアノブを回して、中へと入った。指定された事務室の前まで来ると内部をざっと見渡した。その部屋の一角、そこに彼はいた。
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